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焼物探訪記〜波佐見〜

ここのところ心身共に不調で、暇も金もある事であるしと、かねてより数少ない趣味である器、焼物を愛眼、蒐集する旅に出かけようと、九州の気になる生産地を巡ることにした。

器に関しては、個々人の趣味趣向、数寄心によってその良し悪しが決まる部分が多い。
映画や音楽、文学、美術品等も究極的に言えばそうなのだが、鑑賞を目的とした骨董品を除き、使用を前提とした食器や茶器は普段使いするために蒐集するのであって、実用が主目的な事において上記の文化物とはその点において、大きく違うのである。
広い邸宅にでも住んでいない、独り住まいや中産階級以下の人間において器というものは十中八九、普段使いするためのもので占められる。

波佐見焼に関する話を、先日先輩から伺った事もあり、訪ねたのだが、日曜日は多くの販売店が閉まっており、Googleマップ上だけで定休日ではないと判断してしまったGoogleの奴隷には当然の結果である。
それでも開いている所がいくつかあったので購入目的で物色する中で、色々と思うところが多くあった。
今回訪れた販売店は、デザインや意匠は新しさ、"現在(いま)"ぽさに溢れていて、その8割超は僕の好みでは無く、昔からある意匠を流用したようなものであったり、モダニズム以降のデザインを流用したようなものも多く。辟易とした。
最近、民藝運動に強い影響を受け、もう10年近く茶道具などにも強い興味を持って、桃山辺りまでの名物はぼちぼち見てきたというのが、要因と思わないでもない。
しかし、僕は民藝や桃山時代以前までの茶道具と同じくらい、ピーター・サヴェル、構成主義、バウハウス、未来派、ダダなどの意匠やデザインを深く愛しているし、なんなら最近はヨーロッパの焼物に関しても見始めている。
なので、懐古趣味的な原因だけを以ってして、ウンザリした訳ではない。
波佐見で見かけた器群の多くが、如何にも"丁寧な暮らし"だとか"お洒落な雑貨(言うてもIKEAやTigerみたいな量産型の北欧物)が好きなゆるふわ系、もしくはサブカル"共が可愛いー♪とほたえる様な物が殆どを占めていたのである。
ターゲットが明確なのだ。
嘆かわしく、哀しいが、もはや器を日常の彩りや仕掛けとして、己の感性で取捨選択するような人間は上記のような人種が大多数になてしまったということである。
勿論、優れた料理人や数寄者も未だ多くいる事は知っているが、それはプロフェッショナルであったり、その道を探究している人間達であり、普段使いの人々とはまた違っているのである。
そういう意味では、産業としての理(利)があるわけだ。罪は生産者だけにあるのではない。
もう大多数の人間は、器や普段使いの数寄に興味は喪失し、多少拘りがあるような連中ですらこの有り様なのだ。
日本の社会は間違いなく没落、劣化しているのである。

波佐見で売られていた器群のデザインの根底は、IKEAの食器類と大差がない。オクシデンタルな要素の有無だけである。
別にIKEAの食器が悪いとは全く思わない。僕も食器を買い揃える余裕が無い時や集団で暮らしていた時には多用していた。今でもサラダボールや複数人用の大皿は残していて偶に使う。なので、日本の100均よりはベターだという感覚は理解できる。
しかし、それらを大切な場面や、人をもてなす時に使用する時は毎度自恃が痛む。
そういう感覚を、僕は美意識と呼ぶ。
他者に照射し、その反射も内包されていないただの自意識や美醜の見立てほど醜い事柄はない。
自意識や承認のためだけに文化を用い、楽しむだけならいざ知らず、それを恰も自身の論理のように放言する人間の何と多い事か。(生まれてこの方、社会に絶望し、嘆きっ放しである。)

しかしながら、波佐見の素晴らしき点もあった。
ここ最近色々な器の生産地で物色する事が増えたが故に相場感が身に付いてきたのだろう。波佐見焼の廉価さには驚いた。100均やIKEAよりは勿論高くつくが、それよりはデザインや意匠への気配り(文化資本が"多少"ある消費者のニーズ)には応えている物が、あれだけ廉価に手に入るというのは波佐見の凄さである。
今でも工業的な陶器の主要生産地であるからこそだろう。
少し日常使い、器に興味がつき始めた人間には打って付けな産地だとも言える。
その意味では(どこの生産地もそうなんだが)良いリトマス紙になるだろう。
ここまで言ってきたが、勿論僕も何点か購入した(醤油差し二つ、面白く機能的なタレ皿二点、わざわざ焼物の産地なのに最近汁椀を探していたので木椀二点)
どれだけ趣味に合わない産地でも感覚に訴えかける物は必ずある。そういう物たちを見つけ出すのも蒐集の楽しみではある。
器の趣向も他の事柄と同じで人生を全て使って己の好みを探究するためには学び、知り、触れる事が必要である。
無知で、傲慢で、"他者"を慮ろうとしない者たちが、美しさに触れる事は、有史以来その例が無い。

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