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ススメと宮子、それぞれの生き方。〜映画『ひとりぼっちじゃない』考察〜

この作品を観た直後、私はとても詩的な映画だと思った。原作を読んでいないので、映画を観た限りの印象ではあるが、何とも言えない居心地の良さに包み込まれていた2時間15分だった。この映画は、私達に何を語りかけようとしていたのだろうか。物語の登場人物と重要な象徴に焦点を当てて、何が語られていたのかを考察してみようと思う。

ススメ

ススメは、非常に親近感の湧く人物である。コミュニケーションが得意な人には、彼の苦悩はよく分からないかも知れないが、家に帰って一人反省会をしたことのあるような人には、共感できるポイントが沢山あったに違いない。職場の暗がりで患者さんとの会話のシミュレーションをしているところを仕事仲間に見られてしまった日、ススメは日記にどんなことを書いたのだろう。あの日、あの時、ススメは心の中で何を考えていたのか気になり、日記調の小説である原作を読みたくなってしまった。恋愛とは縁遠いようにも思えるススメだが、実は、夜道で誰もいないことを確認してから、お土産片手に喜びの舞をしてしまうほど大切な恋人がいる。

宮子

宮子は、ススメの恋人である。あるマンションの101号室が宮子の部屋だが、常に鍵が開いており、突然見知らぬ女性が寝ていたり、他の男性が出入りした痕跡が残されていたりと謎だらけの生活を送っている。そんなミステリアスの次元を超えている宮子にも、昔からの友人がいた。

蓉子

蓉子は、宮子の友人である。ススメも、始めの頃は宮子の友人なのかくらいにしか思っていなかっただろう。まさか、その後の宮子との関係に影響してくるとは、全く想像もしていなかったに違いない。いびつな三角関係が、知らぬ間に動き出していく。

生贄のキリン

ある日、ススメと宮子と蓉子は、宮子の知り合いの演劇を観劇する。キリンが生贄になるというシュールな演劇だが、この演劇を巡って、ススメと宮子に距離ができてしまう。終演後の楽屋で、演者と嬉しそうに話している宮子。僕の恋人に近づくなと言わんばかりに、じりじりと前に出ていくススメ。一通り話し終えて、楽屋を後にした宮子に、ススメは演劇をどう思ったか聞く。自分に自信があったから生贄になったんだと言うススメに対して、宮子は涙目になりながら、どうしてそんなことを言うのかとショックを受けてしまう。おそらく、演劇に登場する生贄のキリンは、宮子自身のことを意味しているのではないかと思う。宮子は、みんなが嬉しそうにしてくれるから、仲良くしている。だが、ススメからすれば、自分に自信があるから、様々な人に手を出しているように見えたのではないだろうか。言い合いになってしまった二人は、もう二度と会わないかのようにその場を立ち去っていった。

離れゆく愛

蓉子の「蓉」という漢字は、蓮の花に使用されるらしい。そして、蓮の花の花言葉の一つに「離れゆく愛」というものがある。宮子のことをもっと知りたくないのかとススメに近づいてきた蓉子の部屋には、宮子と関わりのあるものが沢山置かれていた。だが、蓉子の口から語られる宮子の奇妙な秘密は、本当なのか嘘なのか分からず、ススメの疑問は深まるばかりである。蓉子と一緒にいればいるほど、「離れゆく愛」という花言葉の通りに、宮子に対する疑念は大きくなっていった。

木彫り

蓉子は宮子の絵を描き、ススメは宮子の木彫りを作っていた。自分は宮子のことを全然理解できていない。宮子の実像を掴むために彫り進めていくススメだが、次第にストレスになり、毎晩物凄い音量の唸り声をあげるようになってしまう。木を削るのと歯を削るのが一緒になり、職場でも唸ってしまう始末である。

ウサギ

ある日、ススメが宮子の部屋を訪れると、ウサギがいた。宮子はウサギの名前を呼んでいて、懐いているようだった。その帰り道、ススメは蓉子から衝撃の出来事を聞くことになる。それは、宮子の部屋で男性が亡くなったということだった。遺書も残されており、自死で片付けられたという。俄には信じ難い話に、ススメは蓉子が気を引くために嘘をついているのだと思うが、本当に何も変わっていなかったかを問われて、あのウサギが脳裏にちらつく。宮子に懐いていたウサギは、亡くなった男性が飼っていたということだろう。

クリスタル

ススメは、最後に宮子の部屋を訪れた時、クリスタルのサンキャッチャーをプレゼントした。宮子は、綺麗と言いながら様々な方向に光り輝くクリスタルを眺めている。このクリスタルも、宮子を象徴していたように感じる。色々な人を魅了する力持っているが、本人はどの人にも染まらない。宮子を色で例えるとするなら、白というよりは無色透明で、何色にも染まることができて、何色にも染まることができない、そんな風に見える。

子宮

宮子の部屋で流れていた、この作品の唯一のBGMは、「まるで胎内のコポコポ音」というものだった。胎内は、子宮の内部を意味する。そして、宮子を逆から読むと子宮になる。宮子と出会い、その居心地の良さに浸る者もいれば、現実との齟齬で苦しみ死を選ぶ者もいる。どんな人も受け入れてくれるが、身を滅ぼすような結果となるか、生まれ変わるような結果となるかは、その人次第なのだ。

前進

ススメは、宮子の部屋から出発する道を選んだ。「宮子さんは僕ですら分からない僕を理解してくれて、どんな人間なのかを教えてくれる人だよ。」ススメは宮子と出会い、自分自身を見つめ直すことができたのだと思う。それと同時に、このまま宮子に依存することが、良くないことだということも理解していた。宮子の部屋に残した木彫りは、子宮の形をしていたように見えた。ススメにとっての最終的な宮子の実像は、生まれ変わるきっかけをくれた存在なのかも知れない。

牛歩

この作品の公開後インスタライブで、伊藤ちひろ監督は、ウサギを起用したことについて、牛柄であることが重要だったと語っていた。この牛柄には、牛歩の意味が込められていたのではないかと思う。牛歩とは、牛が歩くようにゆっくりとしていて、物事が進まないことである。ススメがいなくなった後、宮子は木彫りを物置にしまい、牛柄のウサギがいる部屋で変わらず謎めいた生活を送っていた。

ひとりぼっちじゃない

この映画は、ススメと宮子、それぞれのひとりぼっちじゃないと思える生き方が描かれていたように思う。ススメは、長崎に行くことを報告しに訪れた時、心を開けるパートナーとの仲睦まじい母親の姿を見て、涙を流していた。ススメにとっては、心を開ける人との出会いが「ひとりぼっちじゃない」と感じられる瞬間なのだと思う。一方の宮子は、本当の自分を見せている相手は誰もいないように見える。宮子にとっては、たとえ心を開いていなくても、隣に誰かがいるということが「ひとりぼっちじゃない」と思える瞬間なのだと感じた。

いつだって人はひとりぼっちで、だからこそ、ひとりぼっちじゃないと感じる瞬間を求めている。正解も不正解も存在しないが、心を開くことができる人と出会えた時、人はひとりぼっちじゃないと思えるのかも知れない。そんなことを、私はこの作品から受け取った。


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