吉増剛造「黄金詩篇」

「黄金のザイルは朝霧に・・・」

これは地獄だ
ほかに名付けようがない
さて
ここからは
天幕張って
砂漠の楽劇、黄金ザイルの詩篇 
きょうも
東銀座裏の朝鮮料理屋のまえで
パルメニデスを思わせる老人をみて
おれは
二、三歩ツッと寄ったが
幻影だったか
幻影だったのか
ホイットマンなら
〈ルイジアナで一本の樫の木が茂っているのを見た〉
と歌うところ
きょうも
地下鉄で幻影化した人間が茂っているのをみた
吊られていた幻影、商売はすべて地獄の生業だ
 魚の目、あの永遠人たちめ!
冒険好きの少年みたいに
中世の騎士トリスタンを夢みて
おれには危機が癖になってしまったかのようだ
クソッ!
月もみえないので
一篇の詩を書くのに
猛烈な火酒を精神が要求する
精神よ、お前はみずから満月になろうというのか
お前は、みずから恐るべき物質に変幻して逆襲しようというのか
道路上では
全現象が滑るので
おれは
お前をそっと抱いて游泳しているのに
お前にくらべておれは
地獄よりも天国をまどろみ
宿酔をつづけ
朝、サウナ風呂に通うのが好きな優しい男なのに
お前は狂気
一人黄金の剣となって踊るのでヤッカイだぞ
ベアトリーチェを恋し「神曲」でも読もうものなら怒り狂っておれの心臓の内部をかけまわる
どうやらお前はメフィストの輩ではないらしい
さてはスエーデンボルグ流の内臓宇宙論から登場したのか!
お前のおかげで
結婚してもよいと思っていたあの娘もふってしまった
乳房がどうの、尻の形がどうの、素性がどうのと
お前もけっこう下司な奴だ
オイ、精神よ、いや魂か、やっぱりお前よ
おれが自分で荒れ狂い、咽喉もとに剃刀さしあて
グッと一気にひいてしまえばお前など簡単におしまいだ
至上の命令権はおれが握っている
ああ
この対話デイアローグの神話の剝奪デミソロジヤイジング!
しずまれ! (ルビも・・・・・・)
・・・

(省略)

わ〜い!😄