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【教会建築】光と石と空気がつくりだすル・トロネ修道院の特徴と建築家ベルナール修道院院長

執筆日:2023年12月04日(月)
更新日:2023年12月16日(土)

オフィシャルサイト(ポートフォリオサイト)


自著『光と祈りの空間 : ル・トロネ修道院 : 鈴木元彦写真集』(サンエムカラー)

南プロヴァンス地方の人里離れた場所にひっそりと佇む11~12世紀のロマネスク修道院建築であるル・トロネ修道院の建築写真集。
シトー会を代表する修道院長であった聖ベルナールの清貧思想に基づき、装飾を極限まで排除した簡素な開口部、柱、壁、天井で構成された石の建築空間は、静寂で厳粛な「光と祈りの空間」を現出させている。当写真集は、冬のル・トロネ修道院で筆者が感じた光、質感、空気感を白黒写真によって表現している。

出典:鈴木元彦 写真『光と祈りの空間 : ル・トロネ修道院 : 鈴木元彦写真集』
(サンエムカラー, 2012.6)


はじめに

Amazonで販売していた自著『光と祈りの空間 : ル・トロネ修道院 : 鈴木元彦写真集』(サンエムカラー)の中古本がもの凄い価格で販売されているのを知った。この写真集は、多摩美術大学大学院の博士後期課程の学生であったわたしが、初めて出版したル・トロネ修道院の写真集である。大々的に販売すると言うよりは、身の回りの人々に配るような考えで、部数500部、販売価格1,000円(税込)とした。あっという間に売れてしまい、気が付くと、中古本が10倍の価格で取引されていた。完売したと思っていたら倉庫の奥から十数冊が出て来たので、サイン付きで販売すると、それもすべて売れてしまった。今では中古本が20倍の価格で販売されていることに、驚愕したのである。
ル・トロネ修道院との出会いは、今でも鮮明に覚えている。どんな言葉で言い表せば、その時の感動を伝えられるのだろうか。その出会いは、わたしの人生を変えた。わたしの美意識を変え、ひとつの羅針盤のようなものさしが生まれた瞬間であった。美術大学で教会建築を学んでいたわたしは、恩師からこの修道院のことを伺い、初めてその存在を知った。南プロヴァンスの小さな村からさらに遠く離れた場所にひっそりと佇む修道院の空間に自分の心と身体を委ね、光と石と空気が醸し出す雰囲気を感じたい気持ちは、日に日に増していった。いつか行きたい、いつか行きたいと想っていた。1〜2年が経ち、奨学金や小さな仕事で貯めたお金をもと、東京に雪が積もる真冬の季節に、3〜4週間の旅(フィールドワーク)に出る機会に恵まれた。
初日に宿泊するホテルは、南フランスの港町マルセイユ郊外に位置するル・コルビュジエが設計した集合住宅の「ユニテダビタシオン」であったのだが、日も暮れた夕方、現地に到着するとチャックインできなかった。色々な人に話しを聞いてみると、火災が発生し、宿泊ができなかったのだ。そこで、近くのホテルを教えてもらい、身体を休ませることができた。翌日、昨日は暗くてよく見えなかったユニテダビタシオンの外観だけ見て、マルセイユの街を散歩し、南プロヴァンス地方にある三姉妹と呼ばれる3つの修道院「ル・トロネ修道院」「シルヴァカンヌ修道院」「 セナンク修道院」に向かったのである。
今回は、十数年前に訪れたこれらの修道院のことを少しずつ紹介していきたいと思う。

↓フランス・マルセイユ


Googlemapで見ても今でも何もないことがわかる
ル・トロネ修道院(Abbaye du Thoronet)


シルヴァカンヌ修道院(Abbaye de Silvacane)


セナンク修道院(Abbaye Notre-Dame de Sénanque)


主なル・トロネ修道院の写真集や書籍

『磯崎新+篠山紀信建築行脚 5』(六耀社, 1980.6)


『ル・トロネ修道院 : ロマネスク (磯崎新の建築談議 = Arata Isozaki architecture chat ; 5)』
(六耀社, 2004.1)


フェルナン・プイヨン 著, 荒木亨 訳『粗い石 : ル・トロネ修道院工事監督の日記』(形文社, 2001.1)


藤森照信 著『藤森照信の建築探偵放浪記 : 風の向くまま気の向くまま』(経済調査会, 2018.4)


Lucien Herve 著『Architecture of Truth: The Cistercian Abbey of Le Thoronet』(Phaidon Press, 2001.4)

ルシアン・エルヴェによるル・トロネ修道院の写真集『Architecture of Truth』は、建築写真集の古典ともいえるものだろう。ルシアン・エルヴェはル・コルビュジエの建築写真を数多く手がけ、そのコンクリートの量感を克明に記録し、ル・コルビュジエの建築の魅力を引き出したことで知られる写真家である。そのエルヴェが、ル・トロネの写真集をフランスで出版したのが1956年という半世紀前のことであり、その際、ル・コルビュジエはイントロダクションを引き受けている。この写真集に魅了されていたイギリスの建築家ジョン・ポーソンが、新たにデザインを担当し、後書きを加えたものが、現在Phaidon社から刊行されているヴァージョンである。エルヴェの写真は、ひいて全体を写すようなショットは少なく、場合によってはかなり近づき、光と影のコントラストがかなりはっきりとしている。写真によっては、画面のほとんどが影の黒い部分でしめられるなど、大胆な構図のものも多い。しかしそれがダイナミックな動きを生み出す方向に行くのではなく、明確な輪郭線を持ちながらも、静かな精神性を伝えることに成功している。

出典:https://www.10plus1.jp/monthly/2007/04/13170636.php

写真家ルシアン・エルヴェ

1910年にハンガリーのユダヤ人家庭で生まれたルシアン・エルヴェ(本名ラズロ・エルカン)は、ウィーン大学で経済を学ぶ傍ら、美術学校でデッサンを始め、18歳のときにパリでデザイナーとして働くも、職を転々とし、30歳頃から記録写真(ルポルタージュ)の仕事を始め、39歳のときにクチュリエ神父と知り合い、マルセイユのユニテダビタシオンを取材する。1日で撮影された約650枚の写真を見たル・コルビュジエに「写真家の魂をもった写真家」と賞賛され、建築写真を撮影し始める。エルヴェは、ル・コルビュジエが亡くなるまでの約15年間、すべての建築作品を現場から収めている。
エルヴェが共に仕事をした建築家は、ル・コルビュジエ以外にアルヴァ・アアルト、マルセル・ブロイヤー、丹下健三、リチャード・ノイトラ、オスカー・ニーマイヤー、ジョルジュ・キャンディリス、ジャン・プルーヴェなどである。初めての写真展「一つの土地、二つの建築」をミラノで開催し、以後多くの写真展を行っている。47歳のときには、初めての「ル・コルビュジエ展」をオーストリアのインスブルックで開催した。97歳(2007年)で亡くなるまでに、アルルの国際写真フェスティバルで大賞を受賞、フランス建築アカデミーより造形芸術賞を受賞、パリ写真月間で審査員特別賞を受賞、パリ市写真グランプリを受賞と、数々の受賞歴を重ねた。
エルヴェは、ル・コルビュジエ建築の造形的な美しさを表現するだけでなく、人間を画面に収めることによって、人間と建築とを有機的に結びつけ、建築空間全体の温かさを伝える、エルヴェ独自の世界観をつくり上げた。また、建築写真は、水平・垂直を大切にし、パースの歪みを補正できる蛇腹の大形カメラと広角レンズでできる限り建物全体を捉えようとするが、エルヴェは中型カメラでフットワークも軽く、建物の様々な細部をクローズアップで部分的に抜き取るのである。ル・トロネ修道院の写真集『Architecture of Truth』においても、同様のことが垣間見られる。そんな写真集のまえがきにル・コルビュジエは、次のように書いている。

The pictures in that book are witnesses to the truth. Each detail of the building here represents a principle of creative architecture. Architecture as the unending sum of positive gestures. The whole and its details are one.
 Stone is thus man's best friend; its necessary sharp edge enforces clarity of outline and roughness of surface; this surface proclaims it stone, not marble; and 'stone is the finer word.
 The way stone is dressed takes into account every fragment of the quarry's yield; economy coupled with skill; its form is always new and always different. Bands, vaulting-stones of arch and vault, ways of setting a window in the thickness of a wall, paving, unsupported pillar and archivolt, roofs and their baked ties (the same tile endlessly multiplied, male and female - a population of tiles), the shafts of columns, both free-standing and engaged, plinth and capital (but none of these things are there to catch the eye)... such are the words and phrases of architecture. Utter plenitude. Nothing further could add to it.
 Light and shade are the loudspeakers of this architecture of truth, tranquillity and strength. Nothing further could add to it.
 In these days of 'crude concrete', let us greet, bless and salute, as we go on our way. so wonderful an encounter.

Le Corbusier

出典:Lucien Herve 著『Architecture of Truth: The Cistercian Abbey of Le Thoronet』
(Phaidon Press, 2001.4)

ル・コルビュジエが、全体とその細部はひとつである( The whole and its details are one)と書いているように、シトー会のル・トロネ修道院には、全体をひとつにする細部がる。

光のディテール(細部)

かたちを生み出して作り上げるような強い生成の力を持つディテール(細部)がある。このディテール(細部)の核なる「主なる細部」は、春先に芽を出す植物の胚芽(はいが)のようなものだ。そこに成長の力が集中し、それがときと条件を獲得すれば、急激に成長して、植物は大きく、そして複雑な形態に至る。建築にも、そのようなかたちの成長の力を内に秘めたディテールがある。
空間に決定的な役割を果たしている「主なる細部」は、シトー会の修道院建築の単純で幾何学的な石造りの空間に、輝かしい光を与えている「窓の納まり」であり、これがシトー会の空間の「主なる細部」といえる。

全体を決める「主なる細部」

全体を決める「細部」がある。他のディテールがどうでもいい、というものではない。すべてのディテールは、それぞれの意味と役割があり、すべて大切である。しかし、「主なる細部」をはっきりと認識することは、建築の固有の独自の力を与えるための決め手になる。すなわち、細部のかたちのスタディは、同時に全体のかたちのスタディにほかならない。ディテールとは、細部をどのように納めるかと言う技術的なものより、ディテールが全体に係わることであり、全体を決めることだ。

ロマネスクの薄闇のようなほの暗い空間を囲む重厚な石のヴォールトの稜線の上に、最初のリブが控え目に姿を現す。そしてそれは少しずつ太くなり、大きくなり、数が増え、やがて全体に広がる。リブは、その成長の過程で構造的意味を豊かにし、施工的意味を獲得し、さらに空間を文節したり、外光を調整したりする多義的な意味を備えていく。多義的な意味を持ち得る細部だからこそ、全体を生成する力を持つのである。


決め手になる細部が見えるまで

自分の頭と目と手を精一杯使いつつ待たねばならない。しかしまた、やみくもに手を動かしていればいいという言うわけではない。いつ、何が来ても対応できるように、手と目と頭を自由に開放しておく必要がある。自由な状態に自らを保つためには、私は紙の上に鉛筆でスタディするのが一番良いと思っている。部分から全体へ、はっきりした線からあいまいな線へ、太い線からおぼろげな線へ、いつも瞬間に飛び移ることができるからだ。全体を示す部分が最も定着させやすい図面の種類は、矩計図(断面詳細図)である。主要な細部、主要な寸法、主要な素材、ときには基本の色の組み合わせまでが、このハードラインとフリーハンドを併用したラフな矩計図に盛り込める。矩計図をスタディすることで、全体を成す主なる細部が見えてくるのだ。


鋭いエッジは、表面の粗さを強める( its necessary sharp edge enforces clarity of outline and roughness of surface)
2回も、これ以上何も加えることができない( Nothing further could add to it)と書いている。
光と影は、この建築の真実、静けさ、強さを表現する拡声器である(Light and shade are the loudspeakers of this architecture of truth, tranquillity and strength)
「粗い石」の日々の中で、触れ、恵みに感謝し、道を歩むことができる
この「粗末なコンクリート」の日々の中で、挨拶し、祝福し、敬礼して歩みを進めましょう(In these days of 'crude concrete', let us greet, bless and salute, as we go on our way)
素晴らしい出会い(so wonderful an encounter)


David Heald『L'Architecture du silence』(Abrams Inc., 2000.10)



ル・トロネ修道院に関するweb記事


つづく



参考文献:教会建築家の推薦書籍


共著『日本の最も美しい教会』の新装版『日本の美しい教会』が、2023年12月に刊行されました。


都内の教会を自著『東京の名教会さんぽ』でご紹介しています。


【東京・銀座編】教会めぐり:カトリック築地教会、聖路加国際大学聖ルカ礼拝堂、日本基督教団銀座教会を紹介


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