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30年ぶりの高値におもう。時給800円だったころの話(8)

良いお客さんも悪いお客さんもいるという話は前にもした。一見、気難しそうでも実は良いお客さんだったり、すごく優しいお客さんに見えて実はということもある。

僕は本当に仕事には向いていない人間らしく、きちんとしたバイトの面接に受かったことがない。

さらにいうなら就職活動して100社以上、受けて受かった会社は2社しかない。

そもそも何でやりたくもない仕事なんかしなきゃいけないのかとすら思っている。

しかしながら、仕事をやるからには誰よりも一生懸命に働くように心がけている。

お客さんから質問があると、書き留めてはその当時まだほとんどが掲示板だった価格コムなんかで、解決策を調べたり、メーカーに聞いたり他の店に行っては接客や知識を仕入れていた。

一度聞かれた質問には必ず答えられるようにした。そうしていると、ちょいちょい僕を指名して買い物にくるお客さんが増えてくる。

「いたいた。あの店員さんだよ」若い女性が、僕を見つけて彼氏の腕を引いてくる。

この前、デジカメを買いに来て色々話を聞いていったが、保留にしていたカップルだった。

僕の勧めたデジカメを買おうと、わざわざ買いに来てくれたのだ。

「ほかに安い店もあったんだけど、分かりやすく説明してくれたし、他にも何が買うときに相談したいので」

と、彼氏の方は商品を受け取りながら、言ってくれた。

はっきり言ってうちの店は高いので、散々説明してもそな場で買ってもらえなかった場合、他の店で買う可能性が高い。

しかも、僕には値引き権限がないうえに値引きの話を店長にしようものなら

「てめぇの給料から払うならいくらでも値引きしろ」と、言われるだけである。

なにせ当時人気で並ばないと買えなかった「ドラゴンクエスト7」を従業員割引で買おうとしたら、「定価でも黙って売れるもんバイトに何で安売りしなきゃならねぇんだ!」と怒られたうえに、売ってすらもらえなかったので隣のライバル店で並んで買った。しかもうちの店で買うより安かった。

従業員割引が数少ない魅力なのに、それすら聞いていたのと違うという店なので、はっきり言ってうちの店で買うことはお勧めしない。もっと安くてサービスの良い店はある。

高いしサービスも悪い店ではあるが、数少ない武器もある。商品補償がカバーできる範囲が広く、自分に原因がある場合も全額補償されるのだ。アホみたいに良い補償なので、後に改悪されることになる。

そういった数少ない武器を手に、自分という付加価値をつけないと、はっきり言ってうちの店から買う必要がない。

そんな中、自分を指名して買ってくれるお客さんが増えてきたことに手応えを感じていた。

そんな中、特に仲の良いお客さんが出来て、ちょいちょい店に来ては、パソコンのパーツなどを買っていく。

僕のところに必ず来ては、話をして何某かの商品を買っていくのだ。

ある日、そのお客さんが、パソコンのCPUを載せ替えたいと相談してきた。

このCPUというのをもう決めていて、サイトなどで調べると対応しているとのことだ。

僕は利用環境とCPUの種類を聞くとちょっと不安な気がした。確かに使えそうな感じではあるが、マザーボードとCPUというのは、かなり難しいので、確実に使えると確証があるもの以外は、失敗しても仕方と思っておいた方がよい。

「ちょっと、それはおすすめできないですね。動作保証されてませんので」と、僕は慎重に答えた。

「え〜?ほんとは動くでしょ〜。僕だって結構勉強したんだからぁ」

お客さんはだいぶパソコンに詳しくなってきていて、僕からだけではなくて自分でも調べていて、自信をつけていた。

「お客さまご自身の責任となりますので、そういう情報は私も存じてはおりますが、私からははっきりとは申し上げられません」

あくまで自己責任の姿勢を貫いて、こちら側が責任を負わないようにする。これは今までのクレーマーやトラブル対策の鉄則で、身につけた知恵だ。癖のあるAppleの商品を売るときや、トラブル報告など評判が良くないものは、積極的には売りたくない。

「悲しいなぁ。そんなビジネスライクな物言い」

お客さんは、僕が他のお客さんに対するように、責任を回避するのが気に入らないらしい。

「実際のところ動くんでしょ?僕と君との仲じゃない?」

それでも僕は動くとは言わない。動く寄りの動作保証なしと、動かない寄りの動作保証なしがあって、このケースは直感的に危ないと感じるやつだ。いろんなサイトでも動くとは言っているが、お客さんの環境を実際に見ているわけではない。

「そんなに疑ってるの?僕のこと信用してない?例え動かなくても、君のせいにするわけないじゃない。絶対にそんなことしないよ」

僕のせいにはしないと言っているので、本音ベースで僕の知ってる限りお客さんの環境なら動作していると言うと

「ほら、やっぱりそうでしょ。僕もだいぶ勉強したからね」と、1万円ちょっとのCPUを買っていった。

まぁ。お客さんもよく調べていたし、ほとんど動いていないという報告はない。ただ個体差もあるし本当に自己責任の世界なのだ。

それからしばらくして、僕宛にかなりのクレームが入っていると呼び出された。

「君から買ったのだけど、返金してくれと言っているから、電話出て」

社員に呼ばれて、電話に出てみるとあのお客さんだった。

「動くって言ったのに動かなかったじゃない?動くっていったよね?」

「申し訳ございません」

あれほど念を押したのに、最後の最後で油断した自分の甘さに腹が立った。

「返金してもらわないと困るよ。返金いいよね。だって動くっていったんだからね」

本当に、こういう人間がいるんだなと思うと同時に悔しくて涙が出てきた。返金しろと言われて涙がでるんじゃない。

自分の甘さとバカさ加減に涙が出てくるのだ。

涙を堪えていると、電話の向こうでそれに気づいたのか

「君泣いてるの?」と聞いてくる。こんなクソみたいな客に泣かされてるのではない。自分の甘さに泣いているのだ。

「あんまり人を信用しない方がいいよ」

電話は切れた。

それからは僕はお金を介して出会う人全ては信用しないことにしている。

ここでいう信用というのは、友人や親兄弟のような信用ではない。ビジネスパートナーとして信用するなら、それこそ連帯保証人や返さないでいいと金を貸すだろう。

それは必ずビジネスという土台があってこその信用だ。一連托生でありながらも、冷徹なまでの審査が入る。

あの一件で、仕事上では常に仕事として信用するかどうかを考えるようにしている。仲が良ければ良いほど、ビジネスでは情にながされてはいけないし、もし人に惚れ込んで貸す場合は、全面的に自分が責任を負う覚悟をもつ。

人間関係を持ち出して、ビジネスで良い情報を聞こうというなら、相手にはそれ以上の物を差し出させる。人間関係という人として最も重要なもののひとつを道具として持ち出すなら、相当の覚悟をしてもらう必要がある。履行できなければ人間やめてもらうくらいのことは必要だろう。

逆に人を裏切らない人に出会ったときは、その人をどんなことをしてでも、手放してはいけない。

僕はあの人に会って本当に良かったと思っている。バイトという大した責任もない身分のときに勉強できたのは本当によかったと思う。





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