見出し画像

30年ぶりの高値におもう。時給800円だったころの話(5)

バイト先では18禁コーナーがあってエロゲーの販売もしていたのだが、仕事中お客さんに1日3回告白された伝説をもつベテランバイトの田中さんがいた。

背がちっちゃくて黒髪ショート。色白で思わず守ってあげたくなるような可愛らしさとは裏腹に、激しく気が強く厳しい。

告白をして来たお客さんにも

「はぁ?死ね」

と、平気でのたまうのだ。僕も冷たい口調で何回もミスを厳しく注意された。

バイトに慣れるにつれ、段々と打ち解けて何人かと一緒に仕事終わりにご飯を食べに行くようになった。

土屋さんは、パソコンにとても詳しくて接客もしっかりして頼りになる。元は飛脚のマークの宅配便で働いていたそうだ。

厳しくて口の悪い人が多いロジスティック部門において、唯一話せる真矢さん。

あとは羽をつけた私服の不思議ちゃんな篠原さん。そして、田中さんがいつものメンバーだった。

大体、仕事は夜10時をすぎまであるのだけど、夜12時くらいまでかかりそうな雰囲気のときがある。それだと終電にギリギリか間に合わない。

そんな時は車で通っている土屋さんが「僕が送ってあげるから、飯を食いにいこうよ」と誘ってくれるのだ。みんなで朝までやっている激安の中華料理で1、2時間ほど食事をすることがたびたびあった。

バイト先の嫌な社員の話なんかで盛り上がるのだけど、店長は男なんだけど上沼恵美子に似てたので、恵美子と呼ばれていて「恵美子がさぁ」と、散々に悪口を言われていた。

各自の前職の話なんかでも盛り上がるのだけど、何かやらかした人しか残らないというバイトだけあって、面白い話をたくさん聞けた。

土屋さんの飛脚時代に2トントラックの積荷を雪の中、1人で下ろしたときは死ぬかと思ったという話を聞いていると、土屋さんが僕に向かって

「今のバイトが大変だなんて、君にはぜひセールスドライバーをやってもらいたいなぁ。人生の見方が変わるよ」と、言った。

どういう意味が込められていたのかは分からないけど、世の中にはもっと酷い仕事がたくさんあって、僕のようなひよっこであまちゃんは世間の厳しさを知ったほうが良いと言ってくれたのかも知れない。

土屋さんはマンションのローンもあるというし、結婚もしてるという。僕なんかが知るよしもない大変さが大人にはあるんだろうなぁと思った。

さて、華奢で可愛らしい田中さんもご多分に漏れず面白い話を持っている。

1日3回告白された伝説は本当なのかと聞くと、

「あー。あれね。エロゲーとか売ってると、恋愛経験の少ない勘違い野郎どもが、ときどき告白してくるのよ」

ぐびっと生ビールのジョッキを飲み干す。ほんとに可愛い顔をして、おっさんのような飲みっぷりだ。

「最近も告白されたわ。ほんとエロゲーとか買って家にこもってるやつらは空想と現実の区別がつかないねえ」

まぁ。口が悪い。

田中さんと2人でご飯を食べに行ったときも、田中さんの負けず嫌いな性格がよくわかる話を聞いた。

「うちのバイトってほんと鬼じゃない?よく続けられるねぇ」

僕は就職活動も100社くらい受けて全敗だったので、雇ってもらえるだけありがたい。

「前にさ。私、店で倒れたことがあってさ」

うちの店は12時間勤務とかよくあるし、棚卸の日なんかは会社の借りたホテルで3時間仮眠があるくらいで朝9時から翌々日の夜11時くらいまでの勤務があったりする。

女性は閉店後の品出しをしないで、帰らせてもらえるので多少はマシなのだけど、終礼時にはよく倒れる。色白で見るからに華奢な田中さんなんだけど、倒れたのを見たことがない。

田中さんが倒れるなんてよっぽどなんだろうなぁと思って話を聞いていた。

「倒れて完全に意識ないから病院に運ばれたらさ、立ち仕事長すぎて疲労骨折してたんだわ。ウケるでしょ〜」

と、笑ったのだけどあんまり笑えない。

「そんでさ。さらに血が足りないらしくて、医者が輸血するか造血剤打つか聞いてくるのよ。造血剤って言ったら、注射されてからまた気を失っててさ。そんで、気がついて目が覚めたらすぐに携帯に店長から電話かかってきたわけ」

「店長なんて言ったと思う?」

「店長も相当心配して焦って電話かけて来たんじゃないですか」と僕が言うと。田中さんは首を振った。

「『明日シフト入れるか?』だってさ」

「ひどいよねえ。でも、私もすかさず。『そのかわり有給ください』って言ったんだよね。行きたいバンドのライブあってさ。私も強いよね」

田中さんは自分で爆笑していたが「まぁ。あの店長なら言いそうだなぁ」と僕は呆れていた。

そういえば田中さんをよく見ると、私服は黒っぽい服が多くて、チョーカーしたりと完全にバンギャじゃねーかと気づいた。

僕が店を辞めたあと、たまに通りかかると入り口近くのゲーム売り場のレジには、いつも田中さんが立っていた。

遠目から、にこやかに接客している姿を見ていると、みんなが恋する気持ちもわかる。きっとエロゲーにのめり込んでる人たちも、田中さんだったから恋したんだと思う。

すべての勇気を振り絞って、田中さんにアタックして砕け散ったのだ。

さらに何年かあとに、久々に通りかかるとゲーム売り場のレジに田中さんの姿はなくなっていた。

僕も田中さんの「死ね」を聞いてみたかったなぁとしみじみ思った。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?