ぽこぽこ雲
自分でも、よくやったなと思う。
私は人生初の一人暮らしを、とあるアメリカ西海岸沿いの州の、小さな街ではじめた。
しかもアパートは内見もせず、日本にいる間に決めてしまった。
本当に幸運なことに大家さんはとっても良い人で、家賃は7万円以下なのに家具付きで、リビングは10畳くらいあるし、寝室は6畳くらいあって、キッチンも素敵だった。
マットレスは寝返りをうっただけでかなり大きな音できしんだし、隣人はただで私のWifiを使わせろと乗り込んできたけれど、私のアメリカ生活史上最高のアパートだった。
それでも当時の私は一人暮らしなんて初めてだったものだから、この破格の家賃も、当時は1ヶ月に7万円も支出が増えるんだと思うと泣きたくなったものだ。
私は割とすぐに環境に順応してしまう方だから、1週間くらいでかなり落ち着いた。順応したくなくたって、ここに至るまでのあらゆる努力を投げ捨てて逃げ出す方が私には覚悟が要ったし、その街はなかなか素敵だったから。美味しいピザ屋もショッピングモールもない、小さな街だったけれど。
でも、落ち着くまでの1週間はそれなりにしんどかった。
街のことを何にも知らない私は、ひとまず大家さんに教えてもらった近くのSAFEWAYに行く。隣にはpharmacyと書かれた建物があったのだけれど、店の入り口は植物で隠れているし、キラキラした飾りなんかもあったからどうしてもpharmacyには見えなくて、「もしや、危ない薬を売るところ...?なんか、大人のオモチャ屋さん的な...?」と勘ぐってしまい、足を踏み入れることができなかった。(後から分かったのだけれど、そこは店の8分の1くらいが本当にpharmacyで、それ以外のスペースは雑貨屋さんのようなお店だった。危ない薬は売っていない。)
そんなわけで、SAFEWAYで揃えられるだけのものを買い込んだ。私はそもそもあまり後先を考えない性質だから、必要以上にあれこれと買い込んでしまった。お会計をしてから気づいたのだけれど、どう考えても私一人では容易に持ち帰れないほどの量を買っていた。日用品を自分で買いに行くなんてことも、初めてだった。
途方にくれる。
それでもなんとかするしかないと思い、購入したゴミ袋を使えば良いのだと思い至る。2つのゴミ袋に冷凍ピザやらマフィンやらを詰め込み、サンタさんのような格好でアパートまでの道を進む。ゴミ袋の強度は頼りなく、ところどころ中身が出てしまっていたし、サンタさんだなんて美化して言ったけれど、ホームレスにしか見えなかったと思う。
家に着き、買った食材で野菜スープを作る。キャベツの量が多すぎる上に味が薄くて、それは湿ったキャベツでしかなかったし、人間が食べるものとは思えなかった。
私は料理だってしたことがなかったのだ。ずっと実家でぬくぬく育ってきたのだから、仕方がないだろう。
あれだけ一度に買い込んだのに、シャワーカーテンを買い忘れたことに思い至る。
こんなことなら、2回に分けて買い物に行くべきだった。
ため息をついてもう一度家を出ると、空は今まで見たことのないようなぽこぽこした雲に覆われていた。
沈みかけで鋭さを欠いた太陽の光が空を満たしていて、思わず「きれい」と声がこぼれる。
これから本当に一人でやっていけるのか分からないし、うさぎの餌みたいなご飯しか食べるものがないけれど、「この景色を見られてよかった」と思う、それは祝福の空だった。
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