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-Mémento-Mori-

祖父の告別式に出た。

久々に何か書きたいとは思っていた。文章やら表現というのは定期的にアウトプットしなければ衰えてしまう。今のルーティンワークをこなす今の職業からしたら下手すれば毎日同じ日を繰り返してるような気さえもしてくる。

そんなことをうっすらと思っていた先週の明け方、母方の祖父が亡くなった。

あまりにも突然過ぎる死。元々先月祖父は突然倒れて動けなくなり入院していた。おそらくインフルエンザ か何かに感染したのだが、入院後は体調を取り戻していて、まだ死ぬのは先かなと思っていた。そこから何の兆候もなく訪れた死。嗚咽した跡が残っていたといい、そのまま脈は下がり、そのまま息を引き取った。誰も死に際に間に合わなかった。

自分はこの訃報を聞いた時、驚きはしたが、少しホッとした自分がいるのを感じたし、少し遠くの出来事に感じた。というのも、祖父はもう2年ほど前から認知症で自分の顔がわからなくなった。その辺りからある意味、自分の中での現世界での祖父との別れは実質済んでいたのかもなと思いもする。認知症の症状はもう10年近く続いていた。知能は下がっても、歩ける足があるから何度も行方知らずになって警察にもお世話になってた。風呂の温度が分からず、高温になった風呂から上がったヒートショックで病院に運ばれるなんてこともあった。ここで苦労していたのはもちろん老老介護となった祖母だし、母はそれを助けるべくよく実家へ往復を繰り返していた。気の強い性分と自分はまだ衰えてないと感じるが故のギャップはこの介護をかなり困難にさせていたように感じる。

容態が急変してそのまま亡くなった祖父の遺体は健康体のままそのまま息を引き取ったんだなと思えるほど綺麗で良好なものだった。実際、親族含めそこまで悲しみに暮れる様子はない。葬式になってもそれは変わらずで、献花の際は色鮮やかな花々に棺が彩られる様子に少し周りも笑って送り出せた感さえある。そこには家族の気苦労が消えたという安心感はもちろんだが、また苦しい様子も見せずにそのままこの世を去ったという危篤の寂しさを感じさせなかったというのもあるのかもしれない。実際、父方の祖父が亡くなった時は、余命が残り2週間ほどだと本人もわかっていて言葉も交わした。段々と人工管が増えていき、いつ生き絶えるか分からない状況に父もだいぶ気が滅入っていた。自分も最後に言葉を交わした時には病室を出た時に泣いてしまった。そういうのが今回は、なかった。

良い死に様だなと思った。自分は母方の祖父には憧れがあった。きっと祖母や母はその癇癪持ちを体感し苦労していたんだと思う。けど、祖父は自分たち孫の前では良いおじいちゃんを演じていた。甘くて何でも買ってくれて、健康のために毎日歩いていて若々しく、洋服の生地を売っていただけあって服もセンスが良かった。来るたびに嬉しそうな表情を見せて、成績優秀だった自分は成績表を見せるのが楽しみだった。そんな憧れの祖父は最後まで結局はかっこよかったんだなあって思う。

「死」をどう捉え、向き合い、そこまで辿り着くか。そんなことを思ったりもした。結局は火葬されて、骨だけになる。自分の見ている景色や感情を何も感じなくなる瞬間が来るんだなと毎度火葬が終わると感じる。そんな「死」を考えると何か背筋がゾッとするというか、時の流れとは切り離された中でおぞましい感覚を感じることがある。

また、そう遠くない未来に自分が喪主をやることが近づいているともまざまざと感じた。今ある親との暮らしはきっと当たり前ではなくなる。それは一人暮らしをして思ったことだったし、今後生きるためには自分はいかに自分から生き抜くためのコミュニティを数多く形成できるかにかかってるのかなとも思った。それを改めてこの葬式で思いもした。

葬送のフリーレンを見てても最近思うのだが、何のために葬儀を行い、神や仏に祈るのか。最後の瞬間くらいは誰かに許され、褒められたいという素朴な願いだと語るこの作品は力が抜けているけど、何かしっくりくる。それからしてもあまり、「ご冥福をお祈りします」という言葉が他人行儀で好きじゃない。神や仏やら何だかわからないがその誰かの元へ行き、褒めてもらう祝うべき門出なのだ。今の自分から1番合うのはこの言葉だろうか。

『じいちゃん、いってらっしゃい』



P.S. ミスチルファンならなぜ自分がこのタイトルをにしたかは、わかると思うが『花-Mémento-Mori-』。また、祖父の命日はタイトル画像の通り、雪が降った。「俺を忘れるなよ」と降らせたような印象深い日だった。

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