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製造現場ではたらく僕のひとりごと

物事の本質を見ようとする時、頭がショートするほど考えなきゃいけない!とか思ってしまうけれど、実はそうではないことも多い。あとから考えるとめちゃくちゃシンプルな話だったと思わされることは意外と多い。

物事の始まりって明確な理由がある場合も確かにあるんだけれど、多くの場合は「思いつき」から始まる。

後になって色んな枝葉がついたのちに後付けでこれはこういう理由だったんだと意味づけするのだけれど、そのミッションを進めているリアルタイムの中でそこに気づくことはなかなか難しい。

なぜなら多くの場合その思いつきは実を結ばない。
それが結果を生むということも満足に考えられていない。
そしてそれが当たり前であることをみんな知っているのにそれを繰り返すことしかできない、というのがこの世の仕組み。


ロボットアニメとか近未来系のドラマとかではロボットとか設備の不具合を管制センター的なところで常に監視して制御してトラブルの発生を未然に防ぐようなシステムが組まれている。

これは物語の設定の中で管制センターありきの設定だったというだけの話。


僕は製造現場いわゆる工場で働いているが、現存する工場の多くはそこまでの管理システムが導入されていないし、そもそも手作業というものがまだまだ多く残っている。

取って付けたように必要な設備を後付けで増やしていく過程でそれを統制するような仕組みを同時並行で作っていってこれが成功するケースってなかなかまれなことなんじゃないかと思う。

後付けの設備はそれぞれの時代を反映しているというか、小さな計器一つであっても次々とバージョンアップされて古いものはすぐに廃盤になる。

既に廃盤になったようなものを含めて統制していくわけだからうまく行かないケースが多々ある。

50年前に作られた工場が50年後の現在を予測して作られているはずもない。

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スクラップ場から集めてきた色んなメーカーのバイクのパーツの中から何とか動きそうなものを無理やり組み付けてバイクを作るようなもので、かろうじて動いたにしてもこれを満足いくようにチューニングするのは難しい。

修理に修理を重ねて何とかやりくりして使っていく。

仮にいいものができたにしても、コスパを考えてもサクッと新車を購入したほうが絶対良いに決まっている。
いや、バイクならメンテナンスしたりイジったりすることが大好きな人にとってはひとつのエンタメみたいなものなんだけど。

工場はバイクじゃないからね。。
古くからある工場はたぶんそういうジレンマの中で戦っているんだろうと他人事のように思ってみたりする。



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