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自分の小説世界を広げるために 東欧 ロシア

日本に暮らして日本の小説を読んでいると どうしても日本の小説世界が枠として意識されがちになると思います。
日本では 「この小説変わってるー」と思われても、
世界中の読み手には「どこかで読んだ技法や表現だな」と思われているかもしれません。
日本生まれの日本育ちで日本にしかルーツがない作家だから狭いということにならないように 海外に旅行や移住などをできればいいのですが、諸事情でできない人もいますよね。上村もそうですが、海外の小説を読むことでなんとか埋めようと思っています。

今回はポーランド、ウクライナ、ベラルーシ、ロシアの出身者の小説で、上村が読んだものを書きます。
上の画像はポーランドのワルシャワの写真だそうです。

「昼の家、夜の家」(白水社)
ポーランドのオルガ・トカルチュクさんの連作短編集のようなエピソード集です。題名に惹かれて、読みました。石工を思わせる生真面目で精巧な文体、読みやすく感じました。100以上の挿話が緩やかにつながるんですが、日記、伝説、日常で土地の来歴を語るんです。
ポーランドは歴史上三度も消滅した国で、国境移動が多い歴史を持っているので、そうしたことを背景に、チェコとの国境を跨いで死去したドイツ人を警備隊が毎日交互に向こう側に押しやるという話が印象的でした。国境警備員がコートを脱いで雪のなかを歩き、狼に「国境警備員に免じて見逃してくれ」と念じるシーンも印象的で、男は体内にオオカミがいるという妄想に捉われていきます。タイトルの昼の家は現実、意識で、夜の家は無意識、夢を表しているそうです。

「巨匠とマルガリータ」(河出。岩波文庫)
ウクライナのM・ブルガーコフさんの代表作です。1940年に書かれた小説なんですが、幻想的なせいか、古さを感じません。村上春樹さんのwebでも紹介されていたような気がします。編集長のベルリオーズと詩人のイワンが悪魔ヴォランドと出会うその話はメタ構造になっています。ある人は悪魔の話をして狂人扱いをされるし、劇場で黒魔術を披露すると観客は歓声を上げるし、女性に恋をしたり、悪魔と見抜く人が出てきたりと、テンポが比較的早くて、様々なエピソードがある物語ですね。

「ペンギンの憂鬱」(新潮クレストブックス)
ソ連のレニングラード生れ 国籍も有するウクライナのキエフ育ちのアンドレイ・クルコフさんの小説です。ウクライナ人の立場から、ロシア語が支配者の言語でないことを示すためにロシア語で書いているそうです。「ウクライナ日記」(クリミア併合時)も刊行しています。
この小説は売れない作家が、生活のために新聞の死亡記事蘭を書く仕事をする中で、憂鬱症になったペンギンと暮らしを共にするうちに、生きている有名な人の死亡記事も書くようになるんです。そうするとその人が死ぬという「デスノート」的な展開があります。続編があるらしいので、上村が読んだこの本の最後は、あっけないようなメタな感じのする終わり方でした。

「ボタン穴から見た戦争」(岩波現代文庫)
ベラルーシのスヴェトラーナ アレクシェイヴィッチさんの本ですね。小説ではありません。第二次世界大戦で、ドイツ軍に攻め込まれたベラルーシの子どもたちの記憶です。開戦、疎開、避難、虐殺という構成になっています。
語りを記録した口承文学と言えます。
引用すると、
「数日前まで あちこちに草が燃え 花が咲いていたところが 何もかも焼き尽くされていました。辺り一帯が丸焼きでした おばあさんも子供たちも 死んでしまいました。みんなと一緒に逃げなかったからです。自分たちには手を出さないだろうと思ったからです。誰も容赦しませんでした」
「私たちは戦争が終わった時 もう大人になっていました。デートをするにも相手がいません。男の子は死んでしまったのです。 子供時代も 青春時代もありませんでした。 私は初めから大人だったような気がします」
「他に何も食べ物がなかったので それを食べるしかなかった。 この1日をどう耐え抜こうかと一つのことだけ考えていました。戦争が1日や2日でなくとても長い間のことだとは誰も 説明してくれませんでした」
「奴らがニワトリ 狩りをしたことを覚えている。首をねじきってしまって 胴体をどさっと 地面に落とす。ニワトリが人間の言葉で叫んでいたような気がする。 猫や犬も撃たれる時はそうだった。 とても恐ろしかった。人間の死体はまだ見たことがなかった頃だ」
「俺は見た。夜中にドイツの軍用列車が転覆したのを。朝には 鉄道で働いていた人たちが全員レールの上に寝かされてその上を 機関車が走った」
「近所の女の子は3歳で レモンを見つけた。そして人情をあやすように ゆすり始めた。 手榴弾はおもちゃぐらいに小さいが重い。母が駆けつけたが間に合わなかった」
終始こういう感じで、その人にとっての事実は重たいですね。今でも世界中で同じようなことが行われているということを知っていますが、人類は愚かです。
スヴェトラーナ・アレクシェイヴィッチさんは「チェルノブイリの祈り」
「戦争は女の顔をしていない」「アフガン帰還兵の証言」なども著しています。ノーベル文学賞を受賞していますが、故国にいられなくなって、亡命しています。

ロシアの近代以前と言うと、会話が多い、登場人物もやたら多いという印象があります。分厚い小説か、古典とされる戯曲も多いですね。
ニコライ・ゴーゴリさんの「検察官/査察官」。これは戯曲です。中央政府から査察官が来るぞーと、不正をしている役人、政治家たちが、怯えて滑稽に走り回るんですけど、ただの旅行者を査察官と思い込み、娘を嫁にとまで言い出す始末です。人間は愚かです。
「外套」は貯めに貯めてようやく買った外套を盗まれてしまう下級役人の悲哀を描いた戯曲です。
「罪と罰」は、1866の作です。フォードル・M・ドストエフスキーの代表作ですね。ラスコーリニコフが高利貸しの老女を殺害して、悩む話です。
「カラマーゾフの兄弟」も代表作で、パパ・ヘミングウェイは、この本を読み通せなかったらしいです。上村は面白く読みましたが、いかんせん長い。こんなに長く書かなくても、削れるところいっぱいあるよと思いました。つまり、十全に読んでいないということですかね。
「アンナ・カレーニナ」 (新潮文庫。岩波文庫。光文社古典新訳文庫)は、レフ・トルストイの代表作です。冒頭の「復讐するは我にあり、我これに報いん」はパウロの「ローマ人への手紙」に由来しているそうです。簡単に言うと、浮気の話で、恋より生活だよねーと戻ってくる小説です。
主人公のアンナは、「不倫しているの」と告げても、夫が怒るでもなく、死んだように無関心な態度を取ったのを見て、自分は愛されていないから家を出ようと決めます。夫のカレーニンは、人前で怒るのもみっともないから無関心な態度を取ったんですが、離婚して得をするのは妻と間男であるし、かと言って今更決闘をしたところで自分が怪我をするだけだから、これまで通りの生活をして、妻を手元において幸せにさせないと決意する。そこから、話が展開していきます。それなりに面白かったかな。

現代ロシア文学は亡命する作家が多いのが特徴で、各国での移民文学にも影響を与えています。アメリカ亡命のセルゲイ・ドブラートフさんが書いた「わが家の人びと」(成文社)は、上村の大好物で、百年四代の物語です。そのうち読もうかな。フランスへ亡命した後、アメリカへ移住したワシリー・アクショーノフさんの「星の切符」(中公、集英社文庫)も気になりますね。
「イワン・デニーソヴィチの一日」(新潮文庫)
ノーベル文学賞を受賞したA・ソルジェニーツィンさんの初めての小説です。ラーゲリ(強制収容所)に入れられていた8年間の経験を元に、淡々と最上の一日を描いています。自分は矜持があり、これをしてやったから食べ物をくれなどとは言わない。人それぞれに意地があるというのが、いいなと思います。

「ヴェネツィア」(集英社)
ヨシフ・ブロッキーさんの本です。「美しい文章」として紹介されていたので読んだんですが、日本語訳ではそうは感じませんでした。詩人であり小説家でもあるブロッキーさんは、アメリカに亡命というか、追放されたユダヤ人作家です。137ページなので、気軽に読めます。ヴェネツィアに魅せられて、何度も足を運ぶ作家本人。唯一この町で知る女性に案内され、「金を食う町だが、金に食われないで維持されている、町自体が美=水=時」と悟っているようです。静かな一人称で、吉田篤弘さんを想起します。

「通訳ダニエル・シュタイン」(新潮社)
リュドミラ・ウリツカヤさんの小説です。ノーベル文学賞に選ばれてもおかしくないなーと、上村は思います。
この作品は、ポーランド出身のユダヤ人で、のちイスラエルでカトリック司祭となったオズヴァルト・ルファイゼンをモデルとした、書簡体の小説です。ユダヤ人が強制的に隔離されていたゲットーと言われる地区でドイツの機関ゲシュタポの通訳をしていた人物です。
和解や所属意識がテーマだと思います。米国に行ってもユダヤ人なんですね。

「青い脂」
有名なので書いておきます。ウラジーミル・ソローキンさんのSF。未来から1954年に送り込まれた物質が、ヒトラーとスターリンの争う世界で人々を翻弄する小説なんですが、読みにくいので、上村はすぐに挫折しました。

読んでいないけど、興味があるのは、
スタニスワフ・レムさんの「虚数」(ポーランド人。SF)、イェジー・コジンスキーさんの「ペインテッド・バード」(ユダヤ系ポーランド人。松籟社.第二次大戦下、親元から疎開させられた6歳の男の子が、ユダヤ人あるいはジプシーと見なされて、東欧の僻地をさまよう小説)、ロシアではシーシキンさんの「手紙」、ノーベル文学賞を受賞したミハイル・ショーロホフさんの「静かなドン」(岩波文庫) が気になります。


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