受動的な僕ら

恐ろしい事に気づいてしまった。

 最近の子供は呼びかけても全然返事しなくて、引っ込み思案な子が多くて困るという話はよく聞く。実際同級生にはそんな人たちが多くて、どちらかと言えば自分からグイグイいくタイプの自分はちょっとむずがゆい。

 だが、同じ人間なのにどうしてここまで違うのか?DNAの問題以外にも何かあるのではないかと考えた時、恐ろしい事に気づいた。

 これは、経済の仕組みがそうなっているからなのでは?いま、世の中は消費者はどんどん受動的になるように仕組まれている。知らぬ間に、何もせずとも消費するような生活に慣れきっているんだ。

 情報は与えられるし、物はタダで試せるし。待ってるだけで大概の物が差し出される世界。逆に、この状況で自分から動かなければ手に入れられないのは人との交流じゃないだろうか。特に恋愛。

 ああ、そりゃ消極的にもなりますよ。だって、自分から動く機会が激減してんだから。もちろん全てが社会のせいとは言わない。でも、ネットが普及する以前とは比べ物にならないくらい、自分から動く機会は減った影響は無視できないんじゃないだろうか。買い物、漫画、SNS、掃いて捨てるほど無料で試せるオススメが流れてくるのに、わざわざ自分から話しかけて、リターンがあるかもわからない事をしようとするだろうか?いやしない。するにしたって必要なエネルギーが半端じゃない。寝たきりだった人の足の筋肉が落ちてしまうように、自分からとびだすエネルギーが足りてない。

 きっと私たちは、想像以上に受動的で、能動的になるにはリハビリが必要だ。

 一つ救いがあるとすれば、コロナによって能動的になる機会は少し増えたように思う。流されず、自分で判断して行動する場面は、コロナ以前に比べて増加した。

 そう考えると、コロナは奪ってばかりじゃないのかもしれない。
 各国で命を奪い、学生の青春を奪い、街の活気を奪ってきたコロナは、私たちに何を与えたんだろう??
 与えられたものをあえて目を向ける能動性が、これからは必要になってくるのかもしれない。

 コロナになるまで気づかなかったあたり、まだまだ受動的なんだろうけど。ちょっとずつでいいから、自分の頭で考えることを増やしていきたいなと思った。

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