サントゥ=マティアス・ロウヴァリ指揮のショスタコーヴィチ・序
彼の新譜には興味津々でこのストラヴィンスキーも面白く聴いたのだが、ちょっと何が行われているのか?20世紀の音楽としてよりもルーツのロシア的、民族主義的な過去からの繋がりを強調(?)しているのか、リズム感が最近耳にする演奏とは明らかに違う。のだが何がどうしてなのか説明が出来ずもどかしい。
そこに今回ショスタコーヴィチのリリース、第6と第9は大好きなので気が合うなと思いつつ先行リリースの第9の第一楽章を聴く。
こ、これは...とちょっと閃いて、確かあったはずの音源を探してみて、ありました。
ちょっと無理があるか、ハハハ。でも拍節感がデジタルではなくて、微妙な伸び縮みがあるところ。山崎浩太郎さんがよく言うクレンペラーはリズムが弾んでいる、生きているみたいな話です。ご本人も四拍子なら三拍目が微妙に短く、などと言っていたはず。そう言われても耳では実感は難しいですが。
ただね、次の
これは確かにマジカルで、このスローなテンピで何故こんなに生き生きしてるのかがクレンペラーの奥義なのでしょう。ワーグナー「ワルキューレ」の抜粋やコジ・ファン・トゥッテ全曲も含めクレンペラー晩年のオペラは全て魔法としか思えないす。
元々はゲンダイオンガクの強面だったクレンペラー、
テスタメントが発掘したお蔵入りのペトルーシュカ、これも何ともマジカルな演奏、一聴もたもたしてる様で凄くはっとしますよコレ。その記憶が引っかかってたのか。
私が敬愛するクレンペラーと、なんだか共通するいい感じです。
奇しくもフィルハーモニア管弦楽団ですし。
いつも以上に今日は無理矢理が強くお粗末様でした。いずれにせよロウヴァリの新譜は待ち遠しい。
※追伸 第6番第二楽章も聴けるようになりました。
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