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川に落ちたアイデンは…

謎の黒スーツ軍団から追いかけ回され、ついに行き止まりに追い込まれたアイデン。間一髪のところで壁を乗り越えるが、地に足つくことはなく、ナナクで有名なヒー川に落ちていったのだ。

「これはあれだな。負けましたぁぁぁ!!!」


真夜中、さらに雨で水量の増えた川に落ち、上に上がれそうな場所を探そうにも何も見えない。端に向かって泳ごうとしても、12月の冷水に体温を奪われ思うように動けない。

「これはいよいよ詰み、か……」

アイデンの意識は徐々に遠くなっていった。


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飛騨将棋教室。アイデンの家の近くにある小さな将棋教室だ。その日、体験教室に参加しに集まったのは3名。1人は将棋とは無縁そうな美人な女性、もう1人は眼鏡をかけた真面目そうな男、そして最後の1人がアイデンだった。

彼らは呆然としていた。目の前にいる男、この教室の先生である飛騨竜馬から浴びせられた言葉が原因であることは言うまでもない。


「君は今日ここにどうやってきたの?」

「チャリです」

アイデンがそう答えると、飛騨は他の2人に視線をずらした。

「君は?」

「地下鉄で来ました」

「どこで降りた?」

「えーっと、大学前です」

「あ、自分も同じです」

美人の受け答えにすかさず手を上げながら眼鏡男も付け加えた。それを聞き、ホワイトボードに体を向けて飛騨が話し始める。

「これ体験教室で必ず最初に聞く質問なんだけど…」

飛騨はペンを手に取り、地図を書いていく。その様子を不安げに見つめる3人。

「直線距離なら大学前の方が近い。でもこっからだと路地に入るのが随分先になる。北西から流れてきたヒー川が二股に分かれるのがちょうどここ、飛騨教室の手前なわけ。大学前ルートはそれを回避するように遠回りの道になってんの」

アイデンはそれを知っていた。確かに駅からの距離はナナク駅の方が近い。しかし何の意図で言われているのか、見当がつかなかった。

飛騨は3人をペンで指差しながら、淡々と言った。

「これくらい地図見て確認すればわかるよね?でも君たちはそういうことを一切せずに、何も考えずに遠回りしてきたってわけ。何が言いたいかわかる?」

アイデンは眉間にシワを寄せた。おそらく他の2人も渋い顔をしていたのだろう。飛騨は構わず続けた。

「訪問先の情報もろくに調べずにただここにやってきたのなら、君たちは口を開けて餌を待ってる雛鳥でしかない。そんな姿勢の人間に「学び」など果たして可能かな?」

アイデンはハッと目を見開いた。

「ましてやこれから将棋を学ぼうという人間が、考えることを放棄するなど話にならない」


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「ハッ!!!ぶっ、ゲホゲホ」

アイデンの意識が戻る。時間にしてはほんの数秒だったようだ。未だ極寒の川の中、命の危機なのは変わらない。

「くそ、考えろアイデン。まだ詰みじゃない! なんとか助かる方法があるはずだ」

そうして思考停止しかけていた花岡藍伝の頭が再び回り始めるのだった。

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