フリー台本【タイトル:春の手紙】


拝啓
あなたの歌声が未来まで響きますように。

私が手紙を書こうと思ったのは彼女を思い出したからだ。
数年が経っているけど私の事を覚えているだろうか。
彼女との思い出が蘇ってくる。

彼女のことを知ったのは講師達の噂話からだった。
「声の質は良いんだけどな」
「そうそう。歌声は良いんだよ。でも言うこと聞いてくれないんだよね」
「だねー。あれは問題児すぎる」
私は聞き流しつつ少しその生徒の事が気になった。噂によれば色々講師にたらい回しされているらしい。
少し月日が経ち、その噂話のことを忘れかけていた頃に私の番が回ってきた。
外では雪が舞い本格的に寒くなってきた時だった。

私は彼女の家に行くことになった。
初めて会う彼女は、ずっと下を見ていた。
「初めまして。今日からあなたの講師をします。よろしくね」
そう自己紹介をすると、彼女は俯きながら
「初めまして。先生よろしくお願いします。早くプロになりたいんです」
とか細い声で強い意志を感じた。その声は儚く透き通っていた。どんな歌声を響かさせてくれるのだろうと興味が湧いたのを覚えている。

「あなたの歌声を聞かせて」
私はピアノを弾きながら彼女の歌声を聞くことにした。
初めて聞く彼女の歌声は、儚く透明感があり、吸い込まれる感覚だったのを覚えている。一瞬で虜になってしまう。それは天性の才能なのだろう。でも音程は安定せず、長く歌っていると不安定なってしまう。
「大丈夫?音程外れているけど」
と彼女に言うと俯きながら
「すみません。少し体調悪くて」
と謝った。
そのあと何日か一緒にレッスンをしていても音程が不安定になり、途中で声がでなくなった時もあった。
彼女がそうなる原因が精神的なものと思い始めていた。
たしかに顔色は悪いが熱があるとか風邪ひいたとかそういうたぐいの体調不良ではなく彼女自身の抱えてる精神的な何かがこういう症状を引き起こしているのだろうと考えた。
歌う彼女を見ていると辛そうに見えた。

「歌うこと楽しい?」
さりげなく聞いてみることにした。
「歌うことは好きです。でも・・・」
彼女は言葉を止めた。私は続きを待っていると
「歌うことに楽しいも好きも関係ない。私は上手くなりたいの。それが先生の仕事でしょ?だから早く私をプロにしてよ」
彼女は訴えるように私を見ていた。
「あなたはとても上手だわ」
私が言い終わる前に
「嘘よ。先生はそんなこと思ってない。下手だと思ってるんでしょ。音程外れるし、声でなくなるし。こんな生徒教えたくないと思ってるんでしょ?私を教えた先生たちは全員そうやっていなくなった。先生もいなくなるんでしょ」
彼女は言い終わると部屋からでていった。私は追いかけることができなかった。

彼女はそれ以来部屋から出てこなくなってしまった。でも私は辛抱強く家に通い、声をかけた。どん底にいる彼女を救いたいと思った。その日々が続いたある日、私はピアノを弾きながら自分が作曲作詞をしたオリジナルソングを歌っていた。すると彼女がレッスン部屋に入ってきた。
「先生、その曲は何?」
彼女は泣いていたのだろうか?少し目が赤かった。
「この曲は私が作った曲よ」
と伝えると
「とても素敵だったわ。私に寄り添ってくれて、私のための曲だと思って聞いてたわ」
彼女は微笑みながら言った。少し心を開いてくれた気がした。
「今、あなたはどん底にいるのかもしれない。私も昔、挫折を繰り返してどん底に居たわ」
「先生もどん底を経験したの?」
「そうね。どん底という闇を経験したわ。昔ねインディーズで挑戦していたの。私がキーボードで相手がギターでツインボーカルのユニットを組んでてそこそこ人を集められていたんだけど、熱量の差で相手と揉めてしまって、溝は埋まらないまま解散したの。その後も私一人で活動してたんだけど上手くいかなかった。私はずっとメジャーに憧れていたんだけど、努力しても手を伸ばしても届かなかった。悔しかったし私に才能がないことを突きつけられて挫折してしまった。私の音楽は誰からも求められてないんだと思ってしまったの。あの時は本当にどん底だったわ。でもねそんな闇を経験すると、優しく寄り添えるようになるのよ」
彼女は目が大きくなり
「ほんと?私も優しくなれるかな?」
「えぇ、本当よ」
彼女は優しく微笑んでいた。

その後の日々は、真剣に彼女がレッスンに取り組みぐんぐんと成長していった。
「先生、私、変われたかな?上手くなってるかな?」
「えぇ、とても成長してるわよ」
彼女は前より明るくなっていた。私は少し気がかりなことがあった。彼女はどうして前に進めなくなったのだろうと。気になっていた。でも聞けずにいた。
そんなとある日、彼女は私の前に来て
「今日もありがとう・・・先生」
と少し戸惑いながらぐっと力を込めて言った。
何か言いたそうな雰囲気をだった。
「そわそわしているわよ。どうしたの?」
彼女はそわそわしながら私を見ていた。
「先生、少し話を聞いてくれる?」
私は頷き彼女に話を促した。
「私、学校でハブられているの。いじめってほどじゃないんだけどね。音楽の授業でやらかしちゃって。みんなで合唱の練習してたんだけどクラスの何人かがやる気なくて”適当でいいでしょっ”て感じの雰囲気出してて私はそれが許せなくて注意しちゃったの。歌うということになると自分が止めれなくなっちゃって。まぁ、その後は悲惨だった。下手くそとか邪魔とか罵倒されたり、無視されたり、ハブられたり、辛かった苦しかった。今は少し落ち着いているんだけどね。でも私は歌うことが好きだったのにそのせいで嫌いになって歌えなくなっちゃったの」
そう言い終えると私の目を見た。
「でもね、先生に出会てよかった。他の先生たちは私よりも歌声にしか興味なかった。天性の歌声だー。とか言って私の歌声でお金儲けしようとする人達が多くて、だから私は反抗しちゃったの。でも先生は違った。ちゃんと私の事を見てくれて嬉しかった。閉じこもった時もずっと来てくれたしね。だから・・・ありがとう」
彼女は優しく微笑んだ。
「ねぇ、先生。私ね、夢ができたの。私の歌声で救いたい。先生がやってくれたように誰かの心に響くような曲を届けたい」
嬉しそうに彼女は夢を語っていた。
私はそんな彼女を見ながらレッスルを続けた。

桜が咲く季節になり、彼女は音楽オーディションを受けた。結果発表の時、パソコンの前でずっと釘付けになってたのを覚えている。合格を見た時、彼女と一緒に抱き合いながら喜んだのを覚えている。
彼女はプロの道を進むことになり私の役目を終わった。
私の仕事も忙しくなり別れの挨拶もできず、彼女の方も仕事が忙しくなり、会う機会が減っていった。連絡もしなくなりだんだんと疎遠になっていった。

数年が経ち、春の音が近づいてきたとある日、ふと音楽番組から聞こえる歌声を聞いて私は彼女を思い出した。彼女はプロの世界で頑張っているようだった。その歌声は前よりも繊細で透き通っていて人の心に響くような曲を届けている。彼女は夢を叶えて、歩み続けていることを知れて嬉しく感じた。

私はというと同僚の方と結婚し、ボイストレーナーの仕事をやめた。育児をしながら過ごしている。さらに私も彼女に負けじと知り合いの小さいジャズバーで歌わせてもらっている。
私も一歩を踏み出した。

桜が咲き誇る季節に私は彼女に手紙を書こうと思い立ち筆を持った。
少し照れくさいけど私は文字を綴る。
この手紙を手に取った時、優しく微笑んだ姿を想像しながら。

拝啓
少しずつ暖かくなり春らしさが感じられる頃となりましたが
お元気でお過ごしでしょうか。
ご活躍とご健康を心よりお祈り申し上げます。

あなたの歌声が未来まで響きますように。
誰かの心に優しく寄り添えますように。

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