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【試写】新プロジェクトX「世界最速へ技術者たちの頭脳戦〜スーパーコンピューター『京』〜」

6月16日、日曜日の朝、名も知らぬNHK職員から1通のDMが届いた。

京のX、見ましたか?つまらなかったでしょう?スタジオも全く生きていないし。理化学研究所の取材を十分せず、富士通に都合の良い人のストーリーばかりで、PDの力の無さが露呈している」

京が放送ラインナップに入っていることは、私は随分前から取材を通じて把握していた。文系だらけのNHK職員にとってはアーキテクチャーが難解なだけでなく、政治・経済的に様々な利害関係が渦巻くテーマなだけに、今のNHKの制作力では”事故る”だろうと思ってはいた。

放送直後に燃え盛った批判

予想通りと言うべきか、「開発責任者の井上愛一郎氏の取材が不十分で、富士通視点からのご都合主義のストーリーだ」という批判が放送後からX上で燃え盛っていた。

とはいえ、こんな身の上の私だが、NHKには良質な番組を作って欲しい、という思いはある。辞めても3文字は一生つきまとう以上、NHKがそれなりに存在感を発揮してくれた方が、私にとっても得だからだ。

ゆえに、「クソ番組の試写依頼」は残念でもある。

だが、以前に「現代ビジネス」で指摘したこと危惧が現実のものになった以上、NHKがさらなる醜態を晒すことは防ぎたい。

制作者の顔が見えるだけに、気乗りしないまま試写を開始した。

番組総評

世界最速へ技術者たちの頭脳戦〜スーパーコンピューター「京」〜

正確性:★☆☆☆☆
速報性:★☆☆☆☆
公平性:★☆☆☆☆
演出的工夫:★☆☆☆☆
NHKらしさ:★☆☆☆☆

合計:5/25点
オススメ度:★☆☆☆☆

スーパーコンピューター「京」の開発を通して、技術者たちの挑戦と成長、そして世代を超えた知恵の継承を描くという建前の番組。

日本のスパコン開発は一時期、世界から大きく後れを取ったこともあったが、国家プロジェクトとして再始動した「京」の開発は、富士通の技術者たちにとって、国の威信をかけた重要な仕事であった。ベテランから若手まで、開発チームは、常識を覆すアイデアを求め、討論を重ねながら、世界最速のスパコンの実現を目指した。

番組は、ベテランと若手の確執や協働、技術的なブレークスルーに至る過程を証言をもとに追った。

「京」の成功は、日本の科学技術の発展を支え、後継機「富岳」にもつながった。技術開発とは、世代を超えたリレーであり、挑戦と革新を続ける技術者たちの姿勢こそが、日本の未来を切り拓くのだというメッセージを押しつけながら番組は幕を下ろした。

試写した上での感想

まず、のっけからスパコンやCPUの説明が40年前の番組かと思えるほど古臭かった。京のベンチマークテストも「方程式を解き続けた」と表現。その後も、「常識破りの回路」とか「ぶっちぎり」など、ロジックの世界に、抽象的かつ観念的なコメントが乱れ飛び、幼稚さを感じた

私が特に引っかかったのは、番組の歴史認識だった。

日本がスパコン開発で世界に遅れを取っていたという話だったが、2002年から稼働していた地球シミュレーターは世界一だったはずだ。その後、確かにアメリカや中国に首位を明け渡したにせよ、世界に対して遅れを取ってはいなかっただろう。特に、未臨界核実験のようなニーズは無い日本において、スパコン開発は十分な水準だったはずだ。

日本のスパコンに課題があったとすれば、莫大なコストと、汎用性の低さだったと私は認識している。

実際、地球シミュレータについては、責任者のひとりが次のように述べている。

地球シミュレータがインターネット経由など外部からのアクセスを受け付けないことについて、「スーパーコンピューター、そして地球シミュレータで利用するアプリケーションは、研究者たちが苦労して作り上げたもので、一般ユーザーが安易に扱えるものではない。ひとつ許すとすべて許さなければならず、計算能力に大きな負荷がかかる。地球シミュレータは400億円もの国民の税金をかけたものであり、無駄にはできない。外部アクセスは受けないが、地球シミュレータで算出したデータは公開したい」

アスキー当該記事より

こうした問題意識のもと、蓮舫氏の「なぜ2位ではダメなのか?」という詰問があったわけだ。

しかし、番組では、スパコン(計算資源)の民主化に関する課題には一切答えなかった。エンドパートで研究実績に少し触れたくらいで、もはやアリバイ作り程度。全編通して、日本のスパコン政策と富士通を礼賛しただけだった。

制作者はコンピューターについて無知すぎる

肝心のアーキテクチャーに関しての説明が極めてファジーだった点も気になった。

「その回路を付け足すと計算データを記憶装置から圧倒的に効率よく取り出せる。そうなれば計算速度は跳ね上がり消費電力は下げられる。常識破りのアイデアだ」

番組は高らかに歌い上げるが、それを批判的に検証した様子は一切見られない。技術者が言うこと無批判にそのまま受け入れていては、視聴者に対して正確な情報は伝わらない

大体、CGのほとんどがShutterstockから調達したものという時点でやる気が無い(私に言われたくないだろうが)。京のアーキテクチャーがどう革新的だったのか、映像で表現するのがテレビマンの使命だが、恐らく担当ディレクターはコンピューターに無知で、そのような難タスクには取り組みたくなかったのだろう。

上手く料理する余地はあった

生成AIの時代において主役となっているNVIDIAのGPUを私が初めて知ったのは1999年のGeforce256だった。当時、Matroxのミレニアムや、ATIのRage、あとはVoodooがゲーミング用のプロセッサとして主流な中、性能の高さで注目を集め、秋葉原でも旋風を起こしたのがGeforce256だ。

今や半導体といえばNVIDIAとなりつつあるが、一方の富士通やNECは残念ながら凋落の一途を辿った。私が知る限り、京に用いられたSPARC64プロセッサでもって富士通もCPU製造はストップしたはずだ(※6/18修正・初出時に開発と記載)。

もし、この番組がNVIDIAと富士通を比較して、彼我の差を解き明かす作りだったら幾分は学びも大きかっただろう

また、コスト削減の観点から汎用品を組み合わせるのは有用だが、国防の観点からすれば、国産の高性能半導体を持たないリスクもあるはずだ。

日本の半導体政策はこれで良いのか?といった問題提起も番組の主要な論点になり得たはずだ。

重ねて指摘するが、今回の番組は徹頭徹尾、富士通の礼賛だけだった。これでは、富士通の企業PR案件だと指摘されてもやむを得ないだろう。

事実、富士通はSNSで番組に乗じたプロモーションを展開している。

旧プロジェクトXでも、「あの回は実は企業PR案件だ」という噂は未だに協会内外で出回っている。今回も、ここまで富士通に肩入れしているのは不自然だ。

本当のプロジェクトリーダーを抹消した件がハレーション

今回の番組で決定的な問題は、あたかも旧ソ連のように開発責任者を抹消した点だ。放送後、関係者や有識者の指摘によって明らかになった。

井上愛一郎氏の名前で検索すれば、いくらでも情報が出てくる。

NHK的には「開発責任者」という単語は使わないことで問題を回避したつもりかもしれないが、誰がどう見てもスタジオに登場した追永氏が責任者のように見える作りだった。

確かに番組制作上は都合の良いストーリーが必要にはなる。しかし、今回のプロジェクトXは、もはや「歴史改変」の領域だ。

今でこそSNSが発達し、NHKのフェイクはすぐに暴かれる時代だが、旧の時代だったら番組が「正史」になってしまった懸念も十分ある。全く、何が「情報の参照点」だという話だ。

MCの有馬はジャーナリスト失格だ

MCを勤める有馬の責任も大きい。彼のプロフィールを見る限り、経済部出身のようだ。

日本のスパコン開発史にせよ、目下フォーカスされている井上氏のことにせよ、有馬氏は基礎的な教養として把握していて当然の立場だ。

VTRの試写をしたとき、スタジオ台本を読んだとき、そして実際にスタジオ収録をしたとき、一切違和感を抱かなかったのだろうか?最後の安全弁として、タレントよりビジュアルも喋りも全て劣る貴方が起用されていることを、どこまで意識していたのだろうか?

日産のリーフもそうだったが、過去回にも大きな問題がある。私が聞く限りでは、番組制作において労務管理についてもトラブルが起きているようだ。

もちろん、有馬氏には現実的には大した権力は無いだろう。しかし、NHKが社会の公器ぶっている以上、「これはまずい」と指摘して問題が湧出するのを防ぐ責任はあるはずだ。

有馬氏だけではない。新プロジェクトXは、延べ100人以上が関わり、20回は試写を経て初めてオンエアに至る番組だ。もし、その中に責任感を持って課題を指摘できる人物がいれば、今回のような失態は防げたはずだ。

おりしも、「コロンブス」がハレーションする中、NHKも全く相似形と言える。

スタッフ全員が最低限の教養を備えた上で、私のように意地悪な視聴者を想定して試写をし、風通し良く議論をしていればトラブルは防げるはずだ。

恐らく、「京」の回のハレーションはこれから更に激化する。

嘘を嘘で塗り固めて隠蔽するのではなく、正面から向き合わない限り、「新プロジェクトX」はまたも打ち切りになることは明白だ。改めて、NHKには体質の改善を強く求めたい。

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