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平野啓一郎「私とは何か」を読んだ。

平野啓一郎「私とは何か」を読んだ。

タイトルの通り、読みながら過去から今までの自分を振り返ることができる本だった。

個人(individual)とは、それ以上不可分の1単位として扱われている。
しかしそうではなく、新たに分人(dividual)という分けられる人格単位を提唱している。

第二章を読み終わった時点で、この本を読んでよかったと思う。
自分を構成する分人を作ってくれている周囲の人に感謝をしたくなる。
この時に、自分は今わりと自分に満足しているんだなと気付かされた。

分人の構成比率によって個人の性格が作られていると、この本からは読み取れた。
性格と言うと目に見えにくくてわかりづらいが、思うに、分人によって形作られているのは生活ではないかと思う。
そう考えると私は、以前の自分とは比較にならないほど健康で文化的な生活を送っているように思える。
分人が私にこの生活をさせているのだと思う。

また、自己の中に存在する分人と分人の境界線について。
本では文化の対立や融合を例に説明されていたが、
分人と分人の境界線は混じり合っているかもしれないし、明確に分かれているかもしれない、との考えを感じ取った。
私は、分人同士はグラデーションのように混じり合っているのではと思う。
青から緑へ変わるこの部分は家族、それも父親へ向けた分人。
緑が濃くなっている部分は、初対面の人へ向けた分人。
薄い青から緑・黄・赤に至るまで多くを網羅しているのは、パートナーへ向けた分人。
例えばそんな感じで。色は横並びではなく、四方に広がっているイメージ。

全て自分の色なのだから、分人全てが本当の自分であることも納得できる。
また一方で、どの分人にも現れる共通の色、つまり核となり得る自分の性格はあるのではないかと思う。

他にも、分人主義を知ったことでの気づきは多くある。
人が皆分人で構成されていることを考えれば、些細な態度の違いで気を病むことは少なくなる。
自分の現状に納得ができないときに、まずは自分を構成する分人(周囲の人、もの、こと)を見直そうと、前向きな考え方ができる。
苦手な人がいることにも折り合いをつけて向き合える。

面白く、一気に読み切ってしまった本だった。
今度は「空白を満たしなさい」を読んでみようと思う。

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