強くなる(3)感情をやりきる
すべてがダメだった時期が長くて、自分の感情を直視するのを避けてきたけど、そのおかげで自分のことが何もわからないままだった。
ようやくそれがわかってきたので、最近はどんな小さな感情にも丁寧に向き合うようにしている。
今日はとても悲しい気持ちになっている。
抑圧せず、ひたすら「悲しいなあ」と感じるようにする。何がイヤなのかをでっち上げでいいから明確にする。最終的に「でもこれは仕方のないことだよな」と納得に向かう。
たぶん普通はその繰り返しの中で人の精神というものは強くなっていく。強い衝撃をそんなに強く感じなくなってくる。イヤなことがあった時に即座にうまく受け流すことができるようになるから。
感情の流れがスムーズになってきたので、余計なことを外にもらさずに自分の中で消化できるようになってきたように思う。
それはこれまですこしずつ自分に向き合う作業をやりつづけてきたからだ。
一時期は、解脱みたいなものを求めたりした。苦しみから解放される特別な方法があるんじゃないかと思っていた。
それで祈りや瞑想の本を読んで、形式的なものを少し学んだ。
たぶんそれは、自分の感情から逃げたかったからだ。あまりにも自分の感情と向き合いたくなくて、外部の何かに頼ろうとした。
そういう本を読んで得たものはあったし、やって良かったなとは思うけれど、やはりこれら恥ずべきことだと思う。
この解釈では、イヤな感情になった時にタバコを吸って気分を少しでも良くしようとするのと何も変わらない。
快楽での埋め合わせに逃げているだけだ。
イヤな気持ちになった時に、壊れないために一時的にそういうことが必要な時もある。だから、俺は快楽による埋め合わせを必ずしも否定しない。
だけど、それは一時的な休憩であるべきだ。俺は日々当たり前にそれをやることには否定的だ。
時にはちゃんとそれだけのための休日を設けて、ゆっくり自分の気持ちと向き合って、色んな気持ちになるべきだと思う。
そうすることで、自分も生きやすくなるし、他人にも優しくできるようになるんじゃないか。
ある種、人間的に成長するというのは、そういうことなんじゃないか。
だから、俺は今日はひどく悲しい気持ちになっている。そして、言葉を心の中で誰かに向けてみたり、問いを立ててみたりして、納得に向かっている。
世界は残酷なので、仕方がないことがたくさんある。
俺は金がないし時間もないので、被災者の人にできることは祈ることくらいしかない。それは仕方のないことだ。
しかし、それにいま悩むよりも、強くなれるように考えて行動していく。
そうやって仕方ないと納得して、将来的に何かを誰かに分けられるようになるようにしていくことが、いま弱者である人たちにできる唯一のことなんじゃないか。
金を出したいのなら、金を稼げるようになるしかない。
そのためにも、自分の感情と向き合う時間をつくって、感情をやり切ること。
いちいち些細なことで傷ついていたら、やるべきことができなくなっちゃうからな。
強くなるために感情をやりきろう。
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