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ショート小説「きっかけ」

「きっかけを作れば前に進める」

この言葉は,私が中学生のころに教えてもらった言葉だ.

私は,中学2年生の後期から学校に行かなくなり,家に引きこもって過ごしていた.何もすることもなく1日を過ごし,みんなが頑張っている中私だけこんな生活をしているなんて,と自己嫌悪に陥る日々を送っていた.

そんな時,担任の先生が家庭訪問をしに来た.

「調子はどう?」,「早く元気になってね」と優しい声で話しかけてくれる.

「大丈夫です」,「はい」とうつむきながら答える私に,先生はこう声をかけてくれた.

「無理しないでね.あなたのペースで大丈夫だからね」

少し会話をしたところで,先生が昔の話をしてくれた.

「昔の話なんだけどね.私が中学生の頃に友達が不登校になってね.いきなり学校に来なくなって,どうしたのかなって思ってお見舞いに行ったら,家では元気なんだけど,学校に行くと急に気分が悪くなってすぐに帰りたくなっちゃうんだって」

私は心の中でドキッとなった.

「それでその子は,卒業まで1回も来なくてそのまま卒業しちゃって,疎遠になって,今はどうしてるかわからないんでけどね」

先生は悲しそうな顔をしていた.

「あの時もっと力になってあげたらよかったなって,後悔ばっかりしてて…」

「先生はその子と仲が良かったんですか?」

「うん.小学校も一緒でいつも一緒に遊んでたからね」

その日の家庭訪問はこんな話をしていたと思う.

1か月後また,先生が家庭訪問をしに来た.

玄関を開けると,先生と1人の女の人が立っていた.

「こんばんは」

「こんばんは」

誰だろう?と思いながら,私はおずおずと挨拶を返した.

「先生,あの,この人は?」

恐る恐る聞いてみると

「この前話をした私の友達だよ!」

「えっ!」

私は驚いた.

「疎遠になっていたんじゃ…」

「この前たまたま会ってね.あなたのことを話したら会ってみたいって言ってたか連れてきたんだ」

「こんにちは.今日は急にごめんね」

「いえ.だ,大丈夫です」

凄いきれいな人だ.この人が不登校だったなんて信じられない.

2人には家に上がってもらい,お話を聞くことにした.

「あ,あの.今日はどういった感じで…」

「そんなかしこまらなくて大丈夫だよ」

「ごめんね.急だったし事前に知らせておけばよかったんだけど」

先生は心配そうにしている.

「先生からあなたのこと聞いて,1回話がしてみたいなと思ったんだけど,私と話せそう?」

「だ,大丈夫だと思いますけど,お姉さんほんとに不登校だったんですか?」

「うん.中学校の頃不登校で,休んでから1回も学校に行ってないよ」

本当だったんだ.

「ほんとね.今だから笑えて話せるけど,当時は本当につらかったな」

先生が悲しい表情でお姉さんを見てる.

「最初の頃は,普通に学校に行けてたんだけどね.急に学校に行くと気分が悪くなるようになって,病院にも行ったんだけど原因もわからずで…」

「段々と学校に行くのもつらくなってきて,結局1回も学校に行かないまま卒業しちゃったんだよね」

「そのあとも,高校に入学するんだけどね,学校に行けなくてすぐに通信制の高校に転校したんだ」

「高校も何とか卒業して,就職が大学かで迷ったんだけどね.高校の先生にこんなことを言われてね」

「「お前が経験してきたことは,普通の人では絶対に経験できないことなんだ.その経験を活かすかどうかはお前次第だけど,先生はお前が一生懸命頑張ってきたことを知っている.お前ならどこに行っても頑張れる」」

「この言葉を聞いて,今まで我慢していた感情が一気に湧き出たんだ.自分は今まで過去のことにとらわれていて,自分の未来をちゃんと見ずに過ごしてきたんだなと思って.一晩泣きながら自分の未来についてちゃんと考えたんだ」

「そしたら,私が中学校の頃に体験したこと,そして私と同じような体験をした子,している子を助けたいなと思ったんだ」

「そう思ったら,急に学校に行くことが怖くなくなって,大学に入って自分がやりたいことを学ぼうと思ったんだ」

「そして今,目の前にいる私がここにいるんだ」

すごいとしか思えなかった.

「つらかったね,つらかったね…」

先生は泣きながらお姉さんを抱きしめていた.

「ちょっと~やめてよ」

目に涙を浮かべ笑いながら先生を抱き返していた.

少し時間が経ち,2人とも落ち着いてきた.

「すごい人生を送っていたんですね.私なんかと大違いです」

私はつい口に出してしまった.

「そんなことないよ.私も大学に入るまでは中学生の頃と変わらず学校に行けず,過去の自分にとらわれていたんだ」

「そこから一歩踏み出せたのは先生の言葉のおかげ」

お姉さんは優しくフォローをしてくれたけど,私はお姉さんみたいにはなれないなと思ってしまった.

「今,私みたいにはなれないなって思ったでしょ?」

「えっ!」

「いつもこの話をするとみんな同じようなことを口にするんだ.私はあなたみたいにはなれないって」

「そんなことはないんだよってことをわかってほしんだ.ただ,きっかけがあるかないかだけなんだ」

「きっかけ…?」

「そう.私の場合は先生の言葉がきっかけになったんだ.その言葉をいつも思い出しながら頑張ることができた.ただそれだけ」

「あなたもそうだし,他の人もそうだけど,きっかけがないから今は前に進めないだけ.何かきっかけがあったら前に進める,私はそう考えてるの」

「そして,そのきっかけを私が作れればいいなと思ってる」

「お姉さんがきっかけを作るんですか?」

「そう,先生が私にきっかけをくれたように,私もあなたにきっかけを作ってあげたいの」

「ただ,まだあなたのことをよく知らないからアドバイスができないの.もしよかったら何があったか話してくれる?」

「実は………」


あれから2年の月日が過ぎ,私は高校生になった.徐々に学校にもちゃんと行けるようになり,学生らしい生活を送れるようになった.

あの日,お姉さんに話を聞いてもらい,自分の気持ちを言葉に出すことができた.今までつらかったことや,苦しかったことすべて吐き出して,それをお姉さんが全部受け止めてくれた.

あの日,私にきっかけをくれたお姉さんには感謝しかない.

「私もお姉さんみたいにがんばろう」

おわり














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