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家のない眼 第五話

岡本唯は真夜中、真夏、マスクをして家入充の家へ向かっていた。
手には火炎瓶がある。
家に近づいた時に、
「そこで止まれ。こっちはボーガンを持っている。」
充の声だ。唯は光に照らされる。
「君か、誰かがいつかこういうことをするかもしれないと思って準備はしていたんだよ。」
充は左手に懐中電灯、右手にはボーガンを持っている。
「これは全て不幸な事故なんだ。私にも原因は分からないが。さあ、帰るんだな。私が一言でも本家に言えば君はこの地での職を失うよ。それでもいいのかね。」
唯は苦虫を嚙み潰したように顔をゆがめる。
「俺は、俺は、もう、こんな世界で生きていたくない。」
言った端から唯は自分の足元に火炎瓶をたたきつけた。一瞬で燃え上がる岡本唯。
充は慌てて家の中に入る。凄まじい絶叫。近所が起きてくる。
充は消火器を急いで噴射する。唯は上半身と全身の服が焼けただけで命はとりとめた。誰かが救急車を呼ぶ。
「バカめ、こんな若さでそんなのダメだよ。」
近所の人が水を持ってきてかけようとするが制止する。
「急にかけたら皮膚が膨張します。毛布を持ってきてください。急いで!」
遠くから救急車の音が聞こえてきた。

岡本唯の件は、新開満にはこたえた。同級生があんな思いをするなんてと感じていたが彼にはどうしようもできない。仲間と彼の回復を祈って話すだけである。

満は警備員のバイトを始めた。夜型になってたし、工事現場の深夜の警備は夏はそんなに忙しくない。段々慣れてきた。現場の人は若い人がコロナ禍で働いてくれることを感謝していた。
午前四時の休憩。全部で五人の男たちがコンビニで買い出しして缶コーヒーとエナジードリンクでゆっくりしていた。
「新開君だったな。この仕事は昼より夜の方が本当はきついんだが今はコロナ禍、車が少ないからなあ。」
現場監督が優しく声をかける。
「やっぱり、働かないといけないのでこの仕事があってよかったです。両親も喜んでるし。」
他の人は皆60代かそれに近い、若い人があまりいないのだ。
「まあ、暑さも今年はそんな大したことないし、ひと夏やってみて考えてくれよ。この業界は常に人不足でね。」
休憩時間が終わった。仕事に戻る五人。

大谷保は役所の健康福祉課で少しづつ仕事を覚えていった。生活保護の申請にはかなり神経を使うことを上司から言われてはいたが、明らかに身体が不調の人は診断書があるからいいが、見た目が健康そうでただ仕事がしたくないから申請するものもいるということも知った。詐病である。
そこへ、水戸孝がたまたま書類を抱えて通り過ぎようとしていた。
「やあ、保。忙しそうだな。」
孝は道路使用許可の書類を持っていた。
「孝、そうかあんたはドローン関係だったな。あの関係の書類は色々あるから大変だろう。」
二人は少し話をして別れた。保は海千山千の強者たちの申請者のもとへ戻っていった。

家入充は岡本唯の件で少しこたえていたが、仕事は真面目にやっていた。
家入家は財務不正を絶対にしない。
中央の国会議員に顔が効くから余計だ。ワードの書類作成を済ませて、夕方を迎えて、本家に電話をしてから本日の仕事を終えた。
ラフな格好になり、高校野球をつけた。第四試合がいい感じに進んでいる。
「今年こそ、地元に一勝くらいしてもらいたいものだね。」
2020年になって早い時期にオリンピックは来年と決まった。だが、世間はオリンピック自体を許さない雰囲気が強かった。相変わらずSNSは大荒れ、充は洋子とラインをするくらいでSNSはしないから関係ないが。
冷蔵庫から第三のビールを取り出して飲み始める。
「お、今年は勝てたなあ。やったね。」
地元の高校が初戦を突破した。五年ぶりだ。
近所の家も拍手の音がいた。そこに速報が。

緊急速報 米国大統領、コロナにより死去 

「あらまあ、確かにジジイだったが。こりゃ暫く特番だな。」
充は衛星放送に切り替えた。BSデジタルがマカロニウエスタンをしていた。
「世間のどうでもいいニュースより映画だ。」

夜の闇が少しづつ深まってきた。今夜は蒸しそうだ。充は冷房の強さを少し上げた。

充は酒が強い。一族でも稀にみる酒豪だ。彼の父親もそうだった。充は金曜日の夜を酒で過ごした。明日は地元の夏祭りだが彼には関係ない。
コロナ禍で一族の集まりも出来ないから週末をゆっくり過ごすのだ。新開満が仕事に就いたは嬉しかった。でも、少しの寂しさもあった。

夜が更けていく。

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