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『国家神道と日本人』より

前回は第一章の日本における国家神道の成立みたいなところを紹介しましたが、今回は第二章、国家神道が第二次世界大戦に向けて強まっていき、そして戦後に解体されるまでの変遷みたいなのを追っていきます。

神道と神社

皇室祭祀や天皇崇敬のシステムは、伊勢神宮を頂点とする国家的な神々、とりわけ皇室の祖神と歴代の天皇への崇敬に通じている。国家神道においては「皇祖皇宗」への崇敬が重い意義をもっており、神聖な皇室と国民の一体性を説く国体論と結びつく。

P57

明治以前は、神仏習合の信仰体系で、神社と寺はあまり分け隔てなく国民に浸透していました。それが明治維新の政教分離によって、神道のみが祭祀となって政治に取り込まれ、国家神道となっていきます。このタイミングで、全国の神社は伊勢神宮を頂点とする組織(神社神道)になりました。

国家神道の誤解

戦後、アメリカ軍によって国家神道は解体されます。天皇は神ではなく人間だという宣言によって、国家神道という国民を戦争に駆り立てた悪の宗教は解体されたのだ、という認識です。

これはアメリカ的な宗教観に基づいた認識であり、本来の神道の姿を捉えたものではない、と筆者は警鐘を鳴らします。

日本国民を誤った道に進ませたものは、「宗教」ではなく「イデオロギー」だという、きわめてアメリカ的な考え方が示されている。「宗教」は元来、人間を自由にさせるはずのものだという前提がかいま見える。神道もそのような宗教へと発展すべきもののはずだが、これまでの神道の教理はイデオロギーによって歪曲されてしまった。

P76

アメリカ、および現在の私たちの宗教観でいくと、本来の「正しい神道」というものがあって、それが当時の天皇などによって悪用されて、日本国民が神風特攻隊みたいになってしまった、という考え方ですね。

戦後、神道を守ろうと思った人たちは、この流れを利用しました。神道のイデオロギーを歪めたのは伊勢神宮を頂点とする神社神道である。神社神道が国家の中枢にまで入り込んで、国家神道となってしまったのだ、と。

アメリカによって神社神道=国家神道は解体されました。その裏で、皇室祭祀は宗教ではない、というスタンスを残し、その影響力を保つことになったのです。

皇室祭祀は「宗教」ではないものと見なすことによって、「公」領域での機能を保持し、拡張しようとする意図が背後にある。

P88

前回のnoteでも、国家神道は皇室祭祀こそがメインだという話をしました。だから天皇は人間宣言をしましたが、国家の象徴として相変わらず今でも敬われていて、神道の精神は日本人の中に息づいているわけです。そして、私たちはそれを宗教だとは考えていないわけです。

感想

この章では国家神道、神社神道、皇室神道など、似たような概念の微妙な違いを解説していたので難しかったです。もしかしたら間違って読んでるかもしれないのでご了承ください。

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