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なぜ陸上をするのか?という問い

去年、脳腫瘍摘出前の十種競技の自己ベスト記録を7年ぶりに更新することができて、脳腫瘍の後遺障害を克服するというリハビリを完全に終えることができました。

「リハビリが完結したなら、
檀野は今なんで陸上をしているの?なんのために?」

と問われることがありました。

「同じ脳腫瘍、聴神経腫瘍の人たちの希望になりたい」
「障害は挑戦を辞める理由にならない。と競技を通じて証明するため」

そう言うとすごくストーリー性があり、社会性があり、「それらしい」答えになります。
もちろんその想いも十分にあります。
聴神経腫瘍の患者の皆さんや、障がいと共に生きる方達が
「ダンノマンの人生を見て、自分ももう一度チャレンジしようと思えた。」
と伝えてくれた時に、今までのしんどかったことが全て報われるような、自分の命に価値が生まれているような気持ちになります。

それは紛れもない事実であり、本当に心からエネルギーをもらえるし、自分の人生のある種の使命かなと思っています。

「なぜ陸上をするのか」

プロとしてスポーツを続けるからには、社会的に正しい目的を第一に持たなければいけないと思っていたボクは、「脳腫瘍の人たちの希望になりたい。」「自分の可能性に蓋をしてしまった人たちの心にもう一度火を灯せる存在になりたい。」そう答えてきました。
本当にそう思っているし、本音でもある。
だけどどこかでぼんやりと言葉に膜がかかっているような、不思議な感覚がずっと心のどこかにありました。泣きじゃくりながら自己ベストを出した後も、その「膜」は消えず、ずっと心の中の想いのタンスを整理整頓しながら探し続けていました。

「なぜ陸上をするのか?なんのために?」
という問いの本当の答え。
実際にはもっともっと私的な理由が始まりでした。

「自分自身の過去の選択を肯定できる人生にしたい」
これでした。


中学校1年から陸上競技をはじめ、中学1年生から大学4年生までの10年間、人生の中心に陸上競技を置いて生きてきた自分のアイデンティティは「円盤投選手であること」でした。

大学4年生で「円盤投では日本選手権に出れない」と自分自身に限界を感じながら悩みに悩んで十種競技へと種目を転向し、円盤投では果たせなかったであろう「日本選手権出場・入賞」を目指す決断をしました。

そこから12年が経ち、脳腫瘍になったり社会人になったりスポンサーさんのおかげで本当に充実した競技人生を送りながらも、
「あの時の自分の競技転向という選択は、果たして正しかったのだろうか」
という思いが、疑問が、今でもずっと心のどこかにあります。

人生にたらればは無いと教えてくれたのは陸上競技です。
過去は変えられないけれど、過去の捉え方は変えられる。
そう教えてくれたのも陸上競技です。

ボクの人生を陸上競技に懸けるという選択。
円盤投のキャリアを捨てて、十種競技に挑戦するという選択。
自分以外から見ればもう既に「いい選択をした」と言われるかもしれない。
でも、ただただ自分自身が納得して胸を張って
「あの選択はええ選択やってんな」と心から思うために、十種競技で日本選手権に出場したい。
円盤投選手として立てなかったであろう表彰台に立ちたい。

この自己満足を叶えるためにひたすら毎日笑顔でぶっ倒れて、脳腫瘍ができても後遺障害が残っても、競技復帰の前例が無いと言われても、鎖骨が砕けても何をしても前に進もうと足掻いてきました。

ただ、自分のためだけにしていた人生の挑戦。

その道のりがたまたま、同じ病気の方や、障がいと共に生きる方から「力になる」と言ってもらえた。ただそれだけの幸運。

ボクがやることは変わらないけれど、自分の挑戦が誰かの力や希望になるのはめちゃくちゃ嬉しい。
だけど原動力は誰かのためじゃなく、自分のため。
自分の過去の選択を肯定するために陸上をする。
後ろ向きな理由に聞こえるかもしれないけれど、ボクの本音はそこにある。
そこに向かって全力でやる陸上競技は楽しいし、自分の能力と成長を数字で見ることができる十種競技は本当に面白い。こんなアホなボクの挑戦を支えてくれている家族・コーチ・スポンサーさん・応援してくれる仲間たちと一緒に目標叶えて泣いて喜びたい。
その想いも純度100%。

社会的な正しさは幸運にも後からついてきていて、いつの間にかそれらしいことを言うために目的がすり替わっていたなぁと、ここ最近心のタンスの整理ができてから陸上競技の調子も上がってきました。

心が軽くなれば身体も軽くなり、幸福度が上がれば、競技力も上がる。

人生から陸上競技だけが独立しているわけじゃない。
トレーニングすることも、食事を整えることも、心を整えることも、生活の基盤を整えることも、家族との関係性を良くすることも、人生を向上させること全てが競技力向上に繋がるんだろうなと思います。

陸上競技の時間を取らなければ競技力が担保できない。
練習時間と内容にのみ競技力が比例する。
とずっとどこかで思ってきたけれど、24時間365日の自分の行動の結果、今の身体能力があるのだと陸上歴21年目でやっと気づく檀野でした。

人生はおもろいね!

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