デンマーク映画 『Kollektivet ザ・コミューン』

  今年の「トーキョー ノーザン ライツ フェスティバル 2020」にて、デンマーク映画を3本観たのですが、3本とも全く違うタイプながら、非常に面白いものばかりでした。1本ずつご紹介しますね。まずは『Kollektivet ザ・コミューン』から。

 舞台は1970年代のヘレロプ(コペンハーゲンから20分ほどの、大きなヴィラの多い高級住宅地)。倦怠期を迎えていたカップル、アンナとエリックは「きっと面白くなるはず」というアンナの発案で、エリックが相続した大きな屋敷で見知らぬ人達を募っての共同生活を思いつきます。これは当時、流行り出した「コレクティブ」という居住スタイルで、コペンハーゲンの住宅不足から始まったスクォッター運動と共に、新しい実験的なスタイルとしてエベ・クルーヴェデール・ライクらによって1968年に始まりました。コレクティブはヒッピー文化の「大家族」志向、平等な共同生活(料理・掃除は当番制)、皆で何事も民主的に話し合って決めていくなどの特徴があり、父権社会という伝統的価値観からの解放や脱資本主義社会を求めたラディカルな試みでした。しばしば「共有」し過ぎて、パートナーも共有して問題が起きることもあったようです。また、映画でも描かれているように、ときには衣服からも解放されていました。
 この映画では、アンナとエリックの面接を経て、最終的に10人の者たちが共同生活を送り始めます。始めは乗り気ではなかったエリックですが、徐々にコレクティブはうまく回り始め、皆での夕食の会話は刺激的で楽しく、アンナと共にすっかりこのライフスタイルを楽しんでいました。キャスターをしているアンナも仕事も私生活も絶好調でした。
 でも、その陰で大学教授をしているエリックは教え子との不倫が始まり、ある日、その秘めた関係を14歳の娘に発覚してしまうところから、映画は苦しい展開になっていきます。

 この映画の見どころは何かと言いますと、この不倫問題に対する対応がそれぞれの登場人物がとってもデンマーク的だなあと思うところです。
 まず、アンナはさぞ怒り狂うのかと思いきや、ショックを受けつつも静かに事実をそのまま受入れ、それだけでなく、なんと、不倫相手のエマも一緒に住むべきだとエリックに提案します。エリックはエリックで、そのアンナの言葉通りに受取り、エマを呼び寄せ、呼ばれたエマもまた悪びれずにやってきます。最初はちょっと気まずそうにこの共同生活に入り込んできたエマも、アンナとも皆ともすっかり仲良くしていきます。娘のフライアはまだ14歳、父の不倫を受け入れられないのですが、だからといって騒ぎ立てたりはせず、自分の世界に逃げつつも両親を見守ることに徹します。
 デンマーク人はいつも自分は自分、人は人という考え方だなぁと私はいつも思っているのですが(親子であってもそうです)、この映画でのそれぞれの対応には、おー、そう来るか、と思ってしまいました。でも、この奇妙な三角関係は徐々にバランスを崩していきます。細かいことは書けませんが、華やかなキャスターのアンナは少しずつ心が壊されていき、楽しかったコレクティブの食卓も怒鳴り合いの場となり、共同生活をしている他の者たちにも不幸な出来事が重なり・・・。そうして、またそれぞれにいろいろと登場人物達が経験した後、映画の最後もまた、ああ、デンマーク人ってこういう感じだよね、という展開で終わっていきます。

 この映画は監督であるトマス・ヴィンターベア(1969年生まれ。映画撮影後の2019年、自身の19歳の娘を自動車事故で失うという不幸な経験をしている)の子ども時代をベースに構想を得ているそうで、彼自身、ヘレロプのコレクティブで7歳から19歳まで育ちました。ヴィンターベアのインタビューの中で、彼は「両親が離婚したとき、彼らと一緒に行くかと聞かれたが、僕は一人でその家に残ることを選んだんだ」「完全に自由であることは怖くもあった。自分の人生すべてに責任を持たなくてはならず、一人で決断していかなくてはならなかったからね」と言っていますが、映画の中でこうした彼自身がエマにまさに重ねられています。エマが、たった14歳で何が最善かということを一人で決断し、愛する母親にも「真実」と思うことを率直に伝えることによって、彼女がデンマーク人の厳しい個人主義を体得し、一人の大人となる成長がよく描かれていたと思います。

 この映画が一貫して伝えてくるのが、自由というものの厳しさでしょうか。愛する人の浮気を知ったとき、夫であっても決して「自分のもの」などではなく、相手が思うように生きることを尊重しなくてはならないとするアンナ。彼女は内心どうあれ、「エリックには、自分の意思に従うという権利がある」とはっきりと言います。同時に、他の場面での彼女のセリフ、「私がどう生きるか、指図なんてしないで!」も彼女の心からの叫びであり、このどこまでも個人の自由と意思を尊重するアンナの言葉は、いつどんなときでもデンマーク人にとって一番大切なことなのではないかと私の心に突き刺さるものでした。そして、自由ゆえの孤独についても、この映画は私達に真摯に示してくれていると思います。
も しかしたら、この映画を「よくわからない」と思う方もいるかもしれません。不倫をしたらそれは悪いでしょ、そこを非難されるところから物語が始まるのが普通なのに、どうして皆非難せずに受け止め、どんどん違う方向になるの?と思う方もいるかもしれません。私は、この登場人物達一人一人に共感し、彼らの言動がよくわかる気がしましたが、でも、私も長い時間をかけて、デンマーク人のこうした考え方や情状を少しずつ理解できるようになったように思いますし、それはなかなか簡単ではありませんでした。ですから、なおのこと、デンマークのことを知りたい方にはこの映画は観てもらいたいなあ、と思います。

 この映画のデンマークの俳優達の演技が、みんなとても自然で素晴らしいです。私が勝手にデンマークのメリル・ストリープと呼んでいる、アンナを演じるトリーネ・デュアホルムはこの映画でベルリン国際映画祭で最優秀女優賞を受賞しています。また、エマ役のヘレネ・レインゴー・ネウマンはヴィンターベア監督自身の17歳年下の現在の妻だそうで、彼は自分がエリックと同じことをしたようなことをインタビュー内で仄めかしています。

この映画、そして、もうひとつ次回紹介したい『私の叔父さん』という映画をデンマーク人を知りたい方には本当にお勧めします。『私の叔父さん』はもうすぐ日本で公開されることが決まっていますが、この『ザ・コミューン』の方も、ぜひ、日本でも上映していただきたいです。私もこの映画、ぜひぜひもう一度観たいほど、人物描写の面白い、ユニークな映画です。

<トマス・ヴィンターベアのインタビュー>
https://www.theguardian.com/film/2016/jul/17/thomas-vinterberg-interview-the-commune-kollektivet-brexit


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