FLEE

アフガニスタンから「逃げてきた」アミンを描いたデンマークの映画、『FLEE』を観ました。
アミンが実際に体験した、1990年代前半のアフガニスタンからモスクワを経て、コペンハーゲンに辿り付いたというストーリーを、インタビュー音声とアニメーションという形式で描いています。
アニメは苦手だなという私ですが、この映画に関しては、アニメだからこそリアルに描けたのであり、同時に、映画の言いたかったことを伝えきれたのではないかと思いました。淡々と描かれた人物がシンプルに動く手法と、鬼気迫る出来事の数々を描く際のもう一つの手法とで構成されており、極めて効果的に描かれています。

観終わっての感想のが、我ながら大人げなくも、一言、
「絶対に難民にはなりたくない・・・!」
でした。一緒に観た息子に、それ以外の言葉をしばらく発せられないほど、私は難民であった母親、兄達、姉たち、そしてアミンそれぞれに感情移入してしまいました。

それほど映画のストーリーは過酷でした。難民の状況は非常に追い詰められた、悲惨な状況に違いないとこれまで想像はしていたのですが、それを初めてこの映画で目の当たりにしたように思います。
それは私が想像していたよりずっと肉体的にも精神的にも非人道的で、難民は本当に動物以下の存在になってしまいます。だからこそ、決死の覚悟で、ときには恐ろしい「失敗」もあり得る密航までして(そこまでするのは、信じられないと思っていた)、その状況から逃れようとするのだということを、この映画は私にに実感させてくれました。

アミンはホモセクシュアルでもあり、心の中の「帰属意識」と、パートナーと住む家探しという、二重の意味で「ホーム」を探し続けます。
無事にたどりついたデンマークで、教育を受け、今では研究者として活躍しているにもかかわらず、友人達はおろかパートナーにも本当の自分自身を見せることができないがために、なかなか「ホーム」を手に入れることができないアミン。難民としての過去が、いつまでもアミンに孤独をもたらしているのです。

実は、私にもアミンのような友人がいます。
彼女はある国の軍部高官の娘だったのですが、クーデターがあり、身分がひっくり返ったそうです。すぐに彼女の父は殺され、大家族でしたが、家族はバラバラになり、彼女は知人の家をしばらく毎日転々と変えて隠れていたそうです。
そんな日々がしばらく続いたある日、突如、母親が彼女を空港に連れていきました。分厚い封筒を彼女に持たせ、「向こうの空港に着いたらすぐに警察のところに行くこと、そしてこの封筒を渡すこと」と言って、北欧行きの飛行機にたった一人で乗せました。母親はその後、殺されたそうです。
彼女はそのとき、17歳でした。そして、北欧風の名前に変え、アミンのように教育を受け、言語を覚え、仕事を持ち、母親となっています。
そういう過去があったことは信じられないほど、彼女はそこぬけに明るく、誰よりも面白いのですが、今でもSNSなどに彼女は名前や写真を出さないように気をつけていると言っていました。母国に、彼女が北欧に存在していることを認識されるのが怖い、とそれから30年ほど経っても、いまだに警戒心を持って暮らしているそうです。
彼女とアミンの違いは何とも言えませんが、アミンはモスクワを経過したこと、船による密航の体験があることなどが、アミンに難民としての辛さを深め、長引かせていたと思います。それでも家族を殺された彼女の心の痛み、17歳でたった一人で北欧で切り開いていかなくてはならなかったことなど、やはり私の想像も及ばないほどの体験だったことは間違いありません。

印象的なのが、冒頭で流れるA-haの「Take on me」です。私が外国に憧れて聞いていた海外のポップスを、遠いアフガニスタンでも若者が聴いていたのだということ。きっと当時、世界中の若者があの曲を聴いて踊り、高揚感に浸っていました。だが、世界は平等ではありませんでした。過酷な人生を歩んでいる人達がいたのに、なんと私は気楽に日常を生きて、世界情勢に疎かったことかと重い気持ちになりました。

こうした体験をくぐり抜けてきた人達がいるということ。くぐり抜けることができなかった人達がいるということ。今、くぐり抜けようとしている人達がいること。
奇しくもこの映画の本国で上映された翌年である今年2月から、ウクライナ侵攻が始まってしまいました。この映画でアミンの心情を理解していたデンマーク人は一層、ウクライナ人にシンパシーを感じたかもしれません。
一方、当時と違い、近年は移民・難民に対してヨーロッパ一という程、厳しい対応をしていたデンマーク政府でしたが、この映画によって、どのように周囲にいる外国のルーツの者達に人々の心情が変わったのか、変わってないのか、ぜひ知りたいところです。そんなに影響はないのかもしれませんが、デンマークでも大変評判になっていた映画でしたので、どうでしょうか?

なお、今年観た非常に良かった映画『サウンド・オブ・メタル』に主演していたリズ・アーメッドが製作総指揮に名前を連ねているところが、興味深く思いました。世界が狭まり、映画界のつながりが「自由化」しているように思い、嬉しくなりました。

https://transformer.co.jp/m/flee/

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