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ビールと涙/私小説⑤/ストレスジャンププール

はぁ…

最後まで最低だった

ブラック企業の退職日に、呪いの様な、言葉を浴びた

"ウチで勤まらないなら、どこに行っても続かない"

"使えない奴が入ってきて、役に立たなくて、大変な思いばかりさせられた"

胸に刺さり痛い

どれだけ身を粉にして、働いてきたか…

一生懸命がんばってきたこと、わたしの存在、すべて否定をされたみたいだ

使い潰した上に、使えなくなると、心を完全に潰しにくるのか…

絶望と大嵐で、心が掻き乱れ、とても苦しい

やり場のない気持ちと、行き場のない感情が、荒れ狂っている

とても、家に帰る気にもなれない

駅のホームで、ベンチに座り、ぐったりと、うなだれていた

あぁ、お酒が飲みたい

飲まないと、やってられない

だるい足取りで自販機に向かうと、1つだけ見本が、異質なものがあった

"あなたの、望む飲み物がでます"

ん、なんだろこれ?

子どもの頃、遊び心のある自販機があって、見本の商品いずれかが、出てくる仕様になってたっけ

欲しい飲み物が出てこなく、おいしくなかった思い出がある

これは違うのかな?

今、飲みたいのは、ビール

半分やけで、小銭を入れて出てきたのは、何も書かれていない、無地で無色の缶

なんなのこれ?

ツマミを持ち上げると、お酒の匂いがしてきた

なんだ、当たりじゃんと、一口飲むと、ビールの苦味が効いた味がする

そうそう、これこれ

続けて飲み進める内に、眠気がきた

あれ?もう酔いが回ったの?

早いなと思っていたら、スマホを落としてしまった

拾わないとと思っても、瞼が重くて閉じていく…

足元が、プールに変わっていくように見えて…

~~~~~~~~~~

気がつくと、私の肩をトントンと優しく叩く、感覚がある

なぁに?

ネコ?

目を薄っすら開け始めると、わたしは、いつの間にか、ホームのベンチに、だらしなく座っていた

「これ、お姉さんのスマホですか?」

と小学生の女の子が、声をかけてくれた

あっ、そうだ

眠くなる前に、落としたんだっけ

「あ、ありがとう…」

とスマホを受け取る

優しい、いい子だなと思っていたら、、、

「お姉さん、大丈夫ですか?

その、泣いて…」

と言われ、頬を触ると涙を流している

わたし、どうしちゃったの?

涙が止まらない

両手で顔を覆っても、涙が止めどなく流れてくる

女の子が、そっと優しく背中をさすってくれる

しばらく声を上げて泣いてから、涙も落ち着いた

なんて、優しくていい子なんだろう思っていたら、、、

「あ、あの、よかったら、ファミレスに行きませんか?

妖怪のお姉さんも来るので。」

突然の誘いに驚いたけど、妖怪のお姉さん?

ちょっと変わっているけど、ここで1人でいるよりは、いいかな…

「ありがとう。誘ってくれて。でも、ほんとにいいの?

「はい。」

と言われ、手を引かれて歩いている

可笑しな光景かもしれないけど、今は誰かに手を引っ張って貰いたいから、心地よくてホッとする

ファミレスに着いて、注文をした

料理が運ばれて来る前に、店員さんが、お客さまと女の子に声をかけ、電話の子機を渡している

えっ!

テレホンショッキング?

"笑っていいとも"

懐かしいなあと思う

昨年から、他人を一方的に叩いたり、否定や非難する内容が多くなり、テレビを見るのに嫌気がさし、見るのをやめた

通話が終わると、お礼を言って、店員さんに子機を返していた

「あの、妖怪のお姉さん、少し遅れるそうです。」

あぁ、そういうことか

お店に電話して、取り次いで貰ったのか

スマホ、携帯電話が普及する前は、こういうことが、当たり前だったよね

新幹線に乗車中でも、車内電話に取り次いで貰える、時代もあったみたいだし

「あの、わたしスマホを持っていなくて。変に思いますか?」

と女の子が聞いてくる

「ううん。そんなことないと思うよ。

毎年、新しい機種が発売されて高額だし、毎月の通信料も嵩むの。

故障や修理ができないと、買い換えるしかなくて、大変なの。

それに連絡が取りやすい反面、相手によっては、時間や自由を奪われることもあってね…

とても便利だけど、いいことばかりじゃないの…」

と、料理が運ばれてきた

食事をして少し落ち着くと、妖怪のお姉さんが現れた

お互いに簡単な挨拶をすると、どうやら居酒屋でアルバイトをしている大学生の女の子だった

彼女は、妖怪が好きで会いたいと思っているから、"妖怪のお姉さん"と呼ばれているようだ

本人は気にしいる様子もなく、嬉しそうだった

そして、わたしに起きたことを、ぽつりぽつり話すと、静かに2人は聞いてくれた

「退職の日まで、そんなヒドイことを言う人がいるんですね…

人として最低ですね。

ずっと働いてこられて、がんばられたことを否定したり、お姉さんの行く末や、未来も否定するなんて…」

会ったばかりの、大学生の女の子から、境遇を理解して貰えたり、共感をして貰い嬉しい

「…ありがとう。

最後まで、ヒドイことを言われて、憎くて許せないの。

でもね、もう1つ苦しいのは、辞めたから言い切れるけど…

もう無関係の、どうでもいい人の言葉を間に受けて、しまっている自分がいるの…

最後の最後まで、最低な人に、がんばりを認めて貰おうとしたり、温かい言葉をかけて欲しいと期待して、求めていたのかな…」

「お話しを伺って、お姉さんは、とても過酷な職場で、働かれていたと思います。

無理や無茶をして、働くのが当たり前に求められる環境で…

もう1つの苦しみは、お姉さん、ご自身が、がんばりを認められない、ということでしょうか?」

理解力があり、鋭い子だなと思う

「うん。そうだと思うの。

毎日、朝早く起きて、支度して、職場に行って、一生懸命働いているのに、わたしがわたしを、どうして認められないのかな?…」

静かに聞いていた、小学生の女の子が口を開く

「わたし、お仕事のことは、よく分からないですけど。

おとうさんやおかあさんが、お仕事から帰ってきた様子や、お休みの日も、お昼まで疲れて寝ているのを見ると、大変なんだと思います。」

ほんと、優しくて、いい子だなと思う

だれもが、一生懸命働いているのに、どうして自分で認めて、あげられないのかな…

「わたしは、人が大切にする心を忘れている、忘れさせられているから、だと思うんです。

ある妖怪さんに、人間はものを大切にしなくなったと、叱られたことが、あるんです。

大切にしなくなったのは、ものだけでなく、他人に対しても、自分自身に対しても。

学校や職場で、お互いに比較しあって、競争させられ、評価を下しあって、現状否定しあって…

今のあなたではダメだから、認めない

変わりなさい・前向きになりなさい・もっともっと…

内なる心や想いからでなく、際限のない外圧に苦しみ続け、その苦しみをぶつけあっているのかと、わたしは思うんです。」

妖怪の話は、本当なのかと思えた

人や社会を俯瞰して客観的に見ている

本質や全体を見て考える、稀有な子

その分、同調や共感ができない人ばかりで、生きずらくないのかな?

「広い視野や視点で、人や物事を見れて、すごいと思う。

前職で、達成不可能な目標を課せられることが、よくあったの。

人間としての限界を超えて、特別に秀でた人でない限り、できないような…

運や上司に気に入られているとか、人の手柄を横取りしたり、不正でもしない限りね。

どんなにがんばっても、認められない仕組みの中で働いていたのかな?

そんな環境で働いていたら、自他共に認めることもできないし、余裕もなかったのかな…」

大学生の女の子との会話で、わたしの中から、思いがけない考えや言葉が出てくる

聡明で、優しさや温かさもあって、不思議な子だと思う

妖怪のお姉さんと呼ばれるのも、わかる気がする

でも、今、すべてを理解したり、納得するのは難しいかな…

「あの、急いで答えを出したり、答えを見つけなくても、いいと思うんです。

これも、妖怪さんが、伝えてくれたことですが。

お姉さんにとって、今日は大変な環境で働かれてきて、退職を迎えられた日です。

最後の日まで、心ない言葉を浴びて、心が傷つき、疲れていませんか?

今日、今は、これまでの、がんばりや苦労を労ってほしいと、わたしは思うんです。」

大学生の女の子の、言葉を噛み締めて聞くと、これまでのことを思い出す

本当に、大変な環境で、休まず仕事に行ったり、理不尽や不条理にも耐えて、よく働いていたなと思う

心身の限界を感じ、死を考えるようになって、やっと退職を選べたんだよね…

そう思うと、涙が浮かび、泣けてくる

もし、2人に出会わなかったら、どうだったのだろう?

1人で、憎しみや苦しみを抱え、のた打ち回っていたのだろうか?

「今は、答えも出ないし、見つからないけど、2人に出会えて、話を聞いて貰ったり、伝えて貰って…

気持ちが救われて、とても助けて貰ったの。

どうもありがとう。

あ~なんか、いい気分になってきた。

お酒を、飲んでもいいかしら?

ようやく仕事を辞められた、退職祝いと、人生の再出発に。」

2人とも、笑顔で頷いてくれる

注文して運ばれてきたのは、、、

あれ?

あの自販機から出てきた、無地で無色の缶…

どうしてかな?と思ったけど、気持ちのいいお酒が飲めそうで、まぁいっかと、ツマミを上げて口をつける

あぁ、美味しい

幸せだな

実は、次の仕事を探す時間や余力がなくて、自己都合だから、明日から無職なんだよね

でも、2人のおかげで、少しずつ自分と向き合いながら、再出発が出来そうな気がするの

夢見心地になる中で、瞼が重くなり眠気がやってくる

足元がプールに変わっていく様に見える中で、意識がなくなる…

~~~~~~~~~~~

気がつくと、私の肩をトントンと優しく叩く、感覚がある

なぁに?

ネコ?

目を薄っすら開け始めると、わたしは、いつの間にか、ホームのベンチに、だらしなく座っていた

「これ、お姉さんのスマホですか?」

と小学生の女の子が、声をかけてくれた

あれ?

どういうこと?

時間が戻ったのかしら?

わたしが考え込んでいると、女の子が困った顔をしているのに気づいた

「あ、ありがとう。わたしのなの。」

と受け取り、頬を触ると泣いた後は感じるが、涙は止まっている

一体どういうこと?

「お姉さん、大丈夫ですか?

その、さっきまで泣かれていたので…」

と言われ、頭が混乱する

もう、考えてもよく分からないし、せっかくこの子にも会えたなら、大学生の女の子にも会えるのかな?

「ねえ、よかったら不思議な話があるから、聞いてほしいの。

ファミレスに、誘っても大丈夫かな?

スマホを拾って貰った、お礼もさせて。」

「はい。不思議な話なら、妖怪のお姉さんも、喜びます。」

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お読み頂いて、ありがとうございます。

1作目の主人公の、その後を小説にしてみました。

ブラック企業を辞める時の、辛く苦い経験と、がんばりを自分で認められるかが、題材でした。

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