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26.「私語」「無気力」「反抗」の渦中で

『石の上にも3年』という言葉があります。会社を辞めて、研修講師になろう!と決めて、私はこの言葉が好きになりました。

最初からうまくいくことなんてひとつもありません。
でも、一生懸命打ち込んでいたら、必ず大切なことが見えてきます。何らかの形になってくるし、自分のモノになっていきます。

非常勤講師の仕事をはじめて3年目。この年は、仕事の中でも、プライベートでも、本当にいろんなことがあって辛い年でした。でも、“まさに石の上にも3年だな!”と思った1年になりました。

秘書科目の主担当から外れた私は、その年に新設された、福祉関連学科の「秘書概論」、医療秘書科と、OAビジネス科の「ケアトレーニング」「ビジネス文書」を担当することになりました。

ホームヘルパーや病院事務関係に就職するために秘書科目を教える?

「何でですか?僕ら、秘書になるわけでもないのに、こんな科目勉強しなくちゃいけないんですか?」

40名のうち、30名は男子学生で、彼らから、そんなブーイングも出ました。
「そうよね。確かに関係ないと思うよね。でも、秘書っていうのは、会社のエライ人についてその人の身の回りの雑務を肩代わりして、その人が本来しなければいけない仕事に専念できるようにするのが仕事だけど、それって秘書だけの仕事じゃないんだよ。会社に入ったら、一番下からスタートするでしょ?いきなり責任ある仕事を任せてもらって、人を使って仕事をするかな?まず、先輩や上司の指示どおりに仕事をして、上司が仕事しやすいように補佐するでしょ?同じ事なんだよね。責任もってやらなきゃいけない仕事と、上司を差し置いてやってはいけない仕事の区別とか、知っておかなきゃいけないマナーの常識とか、勉強になることは、沢山あると思うよ」

そう伝えながら、これは、わたし自身が試されてるのかもしれないと思いました。
学校側の思惑はそうではなかったと思います。資格を取らせることが好きな学校だから、とりあえず取れるものは・・・的な発想から、担当に回されたと思うのです。
わたし自身、必死で勉強して1級を取得しました。
そして、今でもわたし自身の拠り所になっている思い入れのある資格です。単に検定に合格するためじゃなく、彼らにも必要と感じてもらえるように、自分流にアレンジしながら伝えていくことが、必要なんじゃないかと思いました。

「ケアトレーニング」という科目についてもそうです。
最初は、耳慣れない科目だなと思いましたが、社会に出て即戦力になる実務を教えて欲しい_という指示で担当することになった科目でした。
検定試験も教科書もありませんでした。「内容はあなたにお任せします」ということでした。

社会に出ることの意味、正社員とアルバイトの違い、接客に必要な立ち居振舞い(お辞儀、物の受け渡し、接し方)、対人関係の持ち方、コミュニケーションのポイント、来客応対の流れ、電話応対の流れ・・・。

教科書がなかったことはラッキーでした。やりたいこと、伝えたいことは、山ほどありました。
30人近くいるクラス、検定試験も、テキストもなければ、「成績に関係ないんでしょ?」と言わんばかりに、サボったり、おしゃべりに夢中になってる学生もいて、相変わらず講義を進めていくのは大変でした。しかし、

「世の中、テストでいい成績をとったら終わりじゃないんだよ。自分自身や、自分のやった仕事の内容を認めてもらえないと、お給料はもらえないし、雇ってももらえない。今までは、誰かが守ってくれたけど、これからは、自分で自分のことを守っていかなきゃいけないんだからね!私の講義を、真面目に聞きなさいとは言わないけど、この講義をとおして、自分にとって何が大事か、考える時間にしてね」

彼女たちにそう話しながら、私のOL時代の失敗談や、研修の仕事をして見たこと、感じたことを盛り込みながら、講義を進めていきました。そんな他愛もないことを話しているときのほうが、学生たちは真剣に聞いているように見えました。

相変わらず、実習や発表することは拒否される雰囲気でしたが、彼女たちや彼らが考えていること、講義をどのように受け止めているかが知りたくて、感想レポートを書いてもらうことも始めました。

提出されたレポートを 恐々読んでみると、驚くほどいろいろなことが書いてありました。
話を聞いていないようで、大切なことはしっかりと受け止めてくれている。
わたしが話したことを、自分なりに理解したり、自分の体験に関連付けて聞こうとしてくれている。
実践はできていないけど、意識は少しずつ変わってきていることを感じました。

レポートに書いてある疑問や問いかけを受けて、講義を展開していきました。気になることは、講義の合間に、直接本人聞いてみたりアドバイスもしました。

返送するレポートは、できるだけ一人一人の顔を見ながら手渡しました。渡す時に、質問が次々と投げかけられてくるようになり、レポートを渡すだけで20分以上かかることもありましたが、出来るだけ問いかけには答えるようにしました。

「先生は、いつも、“イキイキ”していらしたので、私まで元気になれる気がしました。本当にたまにしか来ない私にも、声をかけてもらって嬉しかったです。他の先生は呆れてたり“誰?”って感じでしたけど・・・。9月にはじめて就職試験を受けることになって、緊張している私に、先生は『○○さんの笑顔はいいから』みたいなことを言ってくれて、とても心強かった。誰かに,自分のことを認めてもらえるって、いいものだなぁと思ってました。(試験はダメだったんですけど・・・)
私、来年結婚します。今、掃除,洗濯、食事作りの修行中です。主婦も結構大変なんだなぁ~と思う今日この頃。でも、いつか就職もしたいって思います。ほんとうに、ありがとうございました!」

「1年間、授業を受けながら、検定は取っていったものの忘れてることが多かったです。最後の最後で、点数も悪かったりですみませんでした。私が元気がないとき、何気なく話し掛けてくれたり、いつも笑いかけてもらって、勇気付けられました。これからも,沢山の人を勇気付けてあげてください。
福祉コースなのに、この授業が一番楽しかった気がします。本当にありがとうございました」

「第一印象としては ハキハキした先生だと思いました。でも、皆の席へ一人一人に話し掛けてまわってきてくれたことで、親しみやすい人だとわかりました。ただのやかましい先生だと思っていたので(笑)、印象がガラリと変わりました。授業の内容も、型にはまっていなくて、先生とおしゃべりしながら覚えていくというような方法で、病院実習のとき、患者さんに接するのに助かった!って思ったことがあります。沢山の知識を、本当にありがとうございました」

「いろいろ相談に乗ってもらって Thank youでした。もしかしたら、親よりちょっと心が開けたかも…。わたしも先生みたいな母を目指して頑張るぞ!私なりに、仕事に恋に、遊びに頑張っていきます。1年間本当にありがとう!」

詰め込んだ知識は、ほっといたら忘れてしまうけれど、その瞬間に気づいたこと、感じたことは、ずっと心の中に留まっているのかも・・・。
それなら、1年でたったひとつでもいい。一人ひとりの心の中に、その人にとって大切と感じたものを残せるような講義をしていきたい!

個人的に、悩みの相談を受けて、一緒に涙を流した学生もいました。
どんどんと身だしなみが乱れていき、不安定な精神状態を察しながら、ただ黙って隣に座っていることしかできなかったこともありました。

「それくらいのトシの人なら、フェロモンみたいな女の香りがあるのかと思ってたんですけど、先生って無臭ですね」と、言われてショックを受けたこともありました。

「私語」と「やる気のなさ」と「反抗」の渦の中にどっぷりと浸かることで、感じたこと、見えてきたことが多かったのです。
わたしの話から、みんながいろいろなことを吸収してくれたように、わたしも関わることで、いろんなことを学ばせてもらいました。

そして、翌年の3月、はじめて卒業式に出席して、学生たちと抱き合って泣きました。
大した内容の講義はできなかったけれど、学生たちとの心に、少しだけ近づけたような気がしました。わたしらしい仕事のやり方を、掴みかけた気がしました。

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