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21.期待は見事に裏切られた

教室は、高校時代を思わせるような雰囲気がありました。机も、イスも教室の広さもよく似ていました。
違ったのは、広くもない教室の前の2列は空席で、25名の女子学生が後ろの席に群れるように座っていたことでした。
そして、耳を塞ぎたくなるような私語の嵐。専門学校の学生に対して持っていた「真面目で一生懸命」なイメージは、その瞬間、音を立てて崩れていきました。

彼女たちは、雑談に夢中になりながらも、時折視線を私のほうに向けていました。

「はい、静かにして!え~~、今日から卒業まで、ビジネス文書を担当することになった大西先生です。__(中略)_。みんなしっかり勉強するように・・・」

M部長の紹介に、私語は少しずつ少なくなっていきましたが、その目は、明らかに「誰?この人?」という冷やかさがありました。その視線を浴びながら、私はとんでもないところへ来てしまった!と後悔しました。しかし、

「それじゃあ、私はこれで失礼します。よろしくお願いします」
短いあいさつを済ませると、M部長は、そそくさと教室を出て行ってしまいました。

再び学生たちは、私のことなんてお構いなしに、おしゃべりを始めました。私は、あまりにも悲惨なその現実を受け入れることが出来ず、しばらく呆然と立ちすくむだけでした。

「私ら、何にも聞かされてないよ。そのビジネス文書っていうのは何をするものなん?」
教卓に一番近かった一人の学生が、そんな私に気を遣うように聞いてきました。

わたし「あ・・・文書の作成、それから漢字の書き方とか、郵便の知識とか・・・。文書に関係あるいろんな知識の勉強です」

学生「それって、検定試験があるん?」

わたし「検定試験の実施は、来月でもう締め切りも終わるだろうし、卒業までの受験は出来ないと思います。だから、基礎的なことを卒業まで勉強するってことになります」

学生「どうして、今さらそういうことするん?それが就職に有利なん?国語と同じじゃん。急に言われてもねぇ~~」
学生「そうよ、学校は いっつもそういういい加減な対応しよるよ。私らいい迷惑よ」
学生「この学校は、全然私らのことを 考えてくれとらんからね」

私語はいつしか、学校に対する不満に変わっていました。学校に対して、教師に対して、彼女たちは かなりの不信感を抱いていることが、動転していながらでもわかりました。

しかし、いきなりそんな不満をぶつけられても、私にはどうすることも出来ません。それよりも、何でこんな学生たちを教えなきゃいけないのかと、情けなく、泣きたい気持ちになっていました。でも、辞めて帰るわけにはいかないのです。

目の奥が、カーッと熱くなって、今にも涙がこぼれそうになるのをぐっとこらえ、用意した資料を配りました。

短い期間ですが、これから4ヶ月あまり一緒に勉強をしていく彼女たちのことを知るために、原稿用紙に自己紹介を書いてもらうことにしました。

学生「え~~自己紹介??嫌よ」

学生「何でも自由に書いていいんじゃね」

学生「漢字あんまり知らんから、平仮名ばっかりになるよ」

何かやろうとするたびに、ブーイングが起こりました。イヤイヤ用紙を受け取る学生、「すみません_」とオドオドしながら受け取る学生、貰っても何も書かず、机に突っ伏して寝はじめる学生、相変わらずおしゃべりに夢中になる学生・・・。ガムやジュースを飲みながら、テレビでも見るように私を見ている学生もいました。「学級崩壊」というものを、私はこのとき初めて体験しました。

私も真面目な学生ではありませんでした。勉強するのが大嫌いで、よく講義をサボったり、居眠りをしました。嫌いな先生には露骨にはむかったりもしました。でも、人に迷惑をかけるほど、おしゃべりはしませんでした。先生の話を聞きたくなければ教室を出て行ったし、それで成績が悪くても自業自得だと思っていました。彼女たちのように、ココまで失礼な態度を先生や講師には取らなかったです。

でも、「静かにしなさい!」とは、とても言えませんでした。まだまだ駆け出しの講師だという負い目があったからです。学生たちが書いてくれるのを、ひたすら待つことしかできませんでした。

学生たちの書く手が止まった頃に、またプリントを配りました。1年のときに習ったであろう内容の復習問題を作ってきていました。
しぶしぶ 問題に向かう学生たち。おしゃべりは少し減ってきていました。でも、こんな形でしか、私語を止めることができない自分を、また情けなく思いました。

“お願い!早く終わって!!”祈るような気持ちでその様子を見ていました。そして、やっと講義が終わり、『自己紹介』のレポートだけを、回収しました。

学生「もう帰ってもいいんでしょ?」

原稿用紙を提出した学生は、あいさつもせずにダラダラと教室を出て、またおしゃべりに花を咲かせていました。90分の講義が8時間くらい長く感じられました。原稿用紙を回収し終えた私は、思わず教卓にしがみついてため息を何度もつきました。しばらくたって書いてもらった自己紹介に1つずつ目を通した。

まるで、小学校の作文のようなレベル。名前以外は、「別になし」や、無回答というものも何枚かありました。内容の表現の仕方から、とても「ビジネス文書」を教えられるようなレベルでないこともわかりました。

“せっかく用意したシラバス(講義計画書)も、これじゃあ使えないかも・・”

そう思いながら何枚か読み進んでいく中で、あるレポートの内容に、私は、固まってしまいました。

「趣味:SEX」
 “私に対する、抵抗?挑戦かな?私は,本当にやっていけるんだろうか?”

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