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家のハムスターの態度がでかすぎるけど、なんだかんだと助けてくれるからしょうがない?6

第三話 届かない手紙 3

 翌朝、凍てつくような寒さの中ボロいホテルを出発し、件の叔母の家に向かう。向かってはいるがいきなりお邪魔はしない。その前にできるだけ調べ尽くしたい。そしてその内の一つが……

「あの叔母さんの家に潜入してこい」

 俺は胸ポケットにティッシュを詰め込み暖を取るハムスケにそう命じた。

「なんでこの偉大なる我がそんなことを?」

「ティッシュにくるまれた状態で良く偉そうにできるな……それはともかく、家の中に何か異様なものは無いか調べてきて欲しいんだ」

 仮にあの叔母が偽物だったとしても、家の中を調べることができたら何かしらの手掛かりが見つかるかもしれない。相手もまさか家の中まで調べられるとは思っていないだろうから、その隙を突く作戦だ。ハムスケのサイズならそうそう見つかりはしない。

「見つからないように気をつけろよ。見つかったら潰されないように全速力で逃げるんだ! 良いね?」

「へいへい行けばいいんでしょう? 行けば。10分くらいそこで震えてろ」

 そう言い残しハムスケは庭の隙間から入っていった。最後に捨て台詞を吐いていくあたりがアイツらしいが、ここは素直に震えてるとしよう。

 およそ10分ほどたったころ、ハムスケが全速力で戻ってきた。

「おかえり。どうしたそんなに急いで」

「寒かっただけだ」

 ハムスケはすぐに胸ポケットのティッシュの中に戻っていった。

「中はどうだった?」

「特に怪しい点はなかったな。あるとすれば千里との写真やら、今までの手紙、それと千里が子供の時に描いたような絵が飾られていたりしたぐらいだぞ?」

 ふむ。ハムスケの言う通りだとしたら俺の仮説は成り立たなくなる。もし本当に千里さんとの写真やら手紙などが残されているとすれば、もっと上手くやるはずだ。入れ替わるならその人がどんな人だったとか、どんな人間関係だったのかとか、ボロが出ないようにもっと調べるはずなのだ。しかし昨晩のあの対応…………

 これで分かったのは俺の心配は杞憂だったということだ。なんで最初に疑わなかったんだろう? あの叔母さんは、ただ単にボケていただけだったということに気が付くべきだった。ようは認知症だ。そしてその認知症は、俺がどうこうしたところで治せるものでもないのだ。

 しかし問題なのは三か月前から手紙が来なくなったというところだ。認知症が急激に進行するケースも無くはないが、そう考えるのはあまりにも短絡的だ。つまり……

「なにかしら認知症が急激に進んだ原因があると思った方が良さそうだ」

「それは独り言? それとも我に言ってる?」

「両方だ」

 俺は昨日の叔母さんの様子を思いだす。千里さんの名前を聞いた時の態度、手紙の話をした時の態度……違う、もっと前だ。

「病院に行こう」

「なんだよ急に? 下痢か?」

「下痢じゃない。良いから行くぞ」

 不思議そうに俺を見上げるハムスケをよそにこの村から一番近い(それでも歩いて一時間はかかる)総合病院に向かった。

 


 俺は再び叔母さんが住まう村に帰ってきた。結果から言えば、往復二時間は無駄ではなかった。彼女は3か月前に事故に遭っている。事故といってもそんなに大層な事故ではない。自転車との接触事故だ。それで彼女は不運にも足を骨折し、頭も強く打ったそうだ。その際に運ばれたのが、俺がハイキングをする羽目になったあの総合病院だ。

 ここは田舎だ、それも途轍もなく。だから患者が少ないせいか、病院の先生が当時のことを憶えていた。

 病院の先生によると、自転車との接触事故の際に頭部を強打したことによって認知症が進行したらしい。当時付き添いできていた叔母さんの妹によると、それまでは年相応の物忘れはあったにせよ、認知症と言えるほどの症状は無かったそうだ。

 足のケガは骨自体はくっついたが、年齢もあり歩行がし難い状態にはなってしまったそうだ。俺が昨日訪ねた時、やけにゆっくりとした足音だったのはそのためだろう。

 ここまで事件の全容は分かったが、問題は進行してしまった認知症だ。帰って千里さんにこのまま伝えるのは簡単だ、あなたの叔母さんはもう貴女のことを憶えていませんと……

 だけどそれは嫌だ。とりあえずダメもとであの叔母さんに揺さぶりをかけるしかない。当たって砕けろだ!

 意を決して昨晩と同じように引き戸をノックする。そして昨晩と同じようにゆっくりとした足取りで家主が近づいてきた。足音はピタリと止まり、ドアが開けられた。

「あら昨日のお兄さん、昨晩はありがとね。貴方のおかげであの子の事も手紙のことも、ここ三か月間のことも、全て思いだしたわ。ねえお兄さん、実は今手紙を書き終わったところなの。帰るついでにあの子に渡してくれないかしら?」

 俺は素直に驚いた。こんな奇跡が起こっていいのだろうか? 彼女から受け取った手紙は存外に分厚く、まさに三か月分の気持ちが込められていた。この量を書くのに、今朝起きてから書いたとは思えなかった。となると書き出したのは昨日、それも俺のおかげで思いだしたと言っていたから俺が帰った後だ。

「分かりました。手紙は確かに千里さんに渡しておきます。お大事に」

 俺は深々と頭を下げ、叔母さんの家を後にした。

 腑に落ちない……確かに本人が忘れている人の名前や事柄で、多少の反応を示すことはあるだろうが、あそこまで一気に症状が回復するだろうか?

「ハムスケはどう思う?」

 俺は胸ポケットでわざとらしい寝息を立てている自称神様に問いかける。

「バレてるぞ」

「わかったわかったごめんよ~」

 ハムスケは軽く手を振りながら事もなげに謝罪を口にしたが、全然ごめんなんて思ってないだろコイツ……

「お前なんかした?」

「我が? なにを?」

「こないだのピーちゃんの時といい、奇跡でもなければ解決できてないだろ? だからお前がなにかしたのか聞いてるんだ」

「ヒューヒューヒュー」

 ハムスケは謎の擬音を発している。

「それ、口笛で誤魔化してるつもりか? 過呼吸のハムスターにしか見えないぞ」

 そのままハムスケは口笛(過呼吸)をし続け、まともに取り合ってはくれなかった。確証はないが、やはりコイツが何かしてくれているのだろう。

 ささやかな奇跡しか起こせない? とんだ嘘つき神様だなコイツ。十分に凄い奇跡を見せてくれるじゃないか。本人は認めたがらないが……

 まあ奇跡だろうとなんだろうと状況は解決したのだから、自信を持って帰ろう。


「本当にありがとうございました!」

 俺達が長旅の末にこの町に帰ってきて数日後、依頼達成の報告のために千里さんに来てもらった。電話でとりあえず叔母さんは無事だということを伝えていたためか、会って最初の言葉がこれだった。

「それとこれが叔母さんから預かってる物です」

 そうして俺は三か月送れていなかった分の、密度の濃い手紙を千里さんに渡した。中に何が書いてあるかは知らないが、受け取ってその場で読み始めた彼女の表情を見れば、彼女の望んだ内容の手紙だということは分かる。

「重ね重ね本当にありがとうございました」

「また何かあれば遠慮なくいらして下さい」

 頭を深く下げる彼女に釣られるように俺も頭を下げた。実際今回は特にハムスケ抜きでは解決出来なかったな。最初は変な生き物と思っていたが、今ではかけがえのないパートナーになりつつある……まあ絶対本人には言わないけど。

「どうした和人?」

「何でもないさ」

 高級ヒマワリの種のプールで泳ぐハムスケを撫で、俺は二階の居住スペースへ上がっていった。


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