看取り

彼は私の腕の中で息を引き取った。

 死ぬのは今日かもしれない。そろそろかもしれない。数日彼の死に怯えていた。生きている彼は呼吸すら苦しそうで、早く苦しみから解放してあげたい気持ちと、それでも1秒でも長く私のそばにいて欲しい気持ち。彼はいま生きているのに、死にとても近いところにいて、生きているのに不安定だった。 それに対して、死はものすごく確定的で、疑いようもなく完全に安定していた。死ぬかもしれない、は不安定なのに、死んでしまった、はこんなにも安定している。

 命の火が消えかかっている時、体の中では何かの器官が何かの不具合によって止まってしまって鼓動を止めて呼吸を止めてしまったのだろうけど、私には魂が身体の外から出るのをなんとか止めようとしているもがいているようにしか見えなかった。

 骨ばって痩せ、軽くなってしまった身体を抱いていた。苦しそうに呼吸をする姿からは重さを感じなかったのに、身体から魂が抜けた途端に彼の重さを感じた。

 もう、苦しそうではないことが私には救いだった。最後まで私の腕の中にいようとしてくれたこと、最後の時をこの自粛期間に選んでくれたこと、そしてもちろん、生きていてくれたこと、彼と会えた奇跡に感謝している。

 

よろしかったらサポートお願いします。外からはそう見えないだろうと思うのですが、案外肝が小さく小さい人間です。でももう少し、自分に自信を持って生きたいです。