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ヒーローは格闘王

昨年度、10回にわたってデーリー東北の「ふみづくえ」に投稿した編集長のエッセイを紹介します。


この連載も折り返し地点。ここまでは弊誌の発行にまつわるあれこれを中心に紹介してきたが、今回は少しテイストを変えて個人的な話題にふれたいと思う。

どんな人にも子どもの頃に憧れたヒーローがいるものだ。アイドル歌手やスポーツ選手、アニメの主人公などテレビや雑誌にかじりついて憧れのヒーローに胸躍らせた経験が人それぞれにあるはずだ。かつて少年だった私にとってのヒーローは、プロレスラー前田日明だった。

私がプロレスと出会ったのは小学生高学年の頃だったと思う。当時のプロレス中継はかつてのゴールデンタイムから深夜帯に移行していたため、子どもには視聴する術がなかったが、年の離れた2人の兄からことあるごとにプロレスの実験台にされ、技の名前やプロレス特有の作法を何となくではあるが学習していた。通称「吊り天井」と呼ばれる妙技「ロメロ・スペシャル」を兄から食らった結果、肩関節の脱臼という笑えない悲劇に見舞われたこともあった(決して真似しないでください)。

そんなある日、何気なくテレビを見ていると黒いタイツの大男が外国人レスラーをばったばったとなぎ倒す姿が映し出されていた。多くを語らず強さで自分の存在を誇示する武士のようなその姿に私は夢中になった。テレビに映るその人が他でもない前田日明だったのだ。

新日本プロレスからUWFを経て、前田が裸一貫で旗揚げした団体がリングスだった。リングスは地上波ではなく衛生放送(WOWOW)を主戦場としていたため、昼間の再放送も多く早寝の私でも観戦が叶った。「世界最強の男はリングスが決める」というキャッチコピーを体現するエースの前田は、世界中の猛者から勝利をもぎ取り私に感動を与えてくれた。

一般的なプロレスとは違い打撃と関節技を駆使して闘う前田のスタイルに則り、中学生になった私は友人らとプロレスごっこをするとコブラツイストやストンピングは使わず、アキレス腱固めやローキックを多用。憧れの前田に習ったスタイルだが、今思うと仲間から嫌われていたのではないかと冷や汗が出てしまう。

引退後の前田は格闘技を通じて暴走族や街の腕自慢たちに更生の機会を与えようと「ジ・アウトサイダー」という大会をプロデュース。そんな男気溢れる人間性に今もなお惹かれている。

すれっからしのプロレスファンはレスラーが織りなす人間模様を「歴史絵巻」と呼んだりする。力道山が源流となった大きな川が猪木と馬場の間を隔て、黒船襲来と同様にアメリカから押し寄せた総合格闘技のムーブメントがプロレス界を冬の時代に追いやった。団体、そしてレスラー同士の対立にプロレス特有のちょっとしたいかがわしさが交差していく様は壮大な大河ドラマに近いものがある。

長州力との確執や五輪3連覇の絶対王者と対峙した引退試合など、前田についてのエピソードは尽きないが、今回はこのあたりにしたいと思う。還暦を越えた今も精力的に活動する私のヒーローにこれからも注目したい。(2021年9月21日掲載)

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