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小説「射幸心」 #1

ちょっとした恩返しがしたかった、始まりはそんな気持ちだった。
10年も前の、中学生の時のことだ。今わたしの隣を歩いているマヤがまだ友達じゃなく、クラスメイトのひとりだった頃だ。ある日彼女から小さなストラップを貰った。
「ゲーセンでちょっと多めに獲れたから、お裾分けだよ」と微笑むマヤの、こっちが蕩けそうになるほどの甘い笑顔に当てられ思わず受け取る。
こんな可愛いの、貰っちゃっていいの?と問うた背中から、「いいよいいよ、200円しか使ってないし〜」と緩い返事が聞こえる。
他にも貰ってた子が数人いたけれど、そのまま振り向かず軽く手を挙げて去っていくマヤの颯爽たる姿は、当時のわたしには一段と輝いて見えたのだと思う。うちはゲーセンなんて禁止だったから。

もっと昔、マヤと知り合う前、スクイーズと呼ばれるふにふにとした感触のキーホルダーがクラス中で流行った時も、わたしはみんなに全然ついていけてなかった。
今ではわりとどこでも売っているのを見かけるが、あの当時はなぜかクレーンゲームの筐体の中でしかほとんどお目にかかれなかった。
家族と行ったショッピングセンターで、ファンシーショップを見てくると言ってこっそりゲームコーナーに向かったことがある。
ファンシーショップを何度覗いてもひとつも置いていなかったスクイーズが、大して珍しいものでもないですよとも言いたげに、所狭しと並べられていた。みんなが筆箱やカバンにつけていた種類全部網羅できるんじゃない?ってくらいに。

これだけ積まれていれば100円の1回でも、運が良ければひとつくらい落とせるんじゃない?

己の所有物である、有名なネコちゃんキャラのついた小さながま口財布を見つめた。文房具を買ってもいいよとおばあちゃんに貰った500円玉が入ってる。
わたしはおばあちゃんが大好きだった。もし5回以内に獲れたとして、「葉月ちゃん、今日は何を買ってきたの?」とあの優しい眼差しにニコニコ問われたら、何で答えればいいんだろう。いや、獲れたならまだしも、もし何も獲れなかったら?
真面目で正直なところだけか取り柄と言われてきた。保守的な選択しかできない自分に、少し泣きたい気持ちになりながら待ち合わせ場所のベンチへと駆ける。
文房具を買う時間は、もう残されていなかった。500円玉はおばあちゃんに返そうとしたが、いいんだよ、また次回使いなさいと言われた。悩んだ末に、蓋の開かないブタちゃんの貯金箱に入れた。
そうでもしないと、ガラス板の向こう数センチに見えたあのちょっぴり危険な楽園に、今度こそ手を伸ばしてしまいそうな気がしたから。