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ミセノマスク

散歩の途中に通りかかった焼き鳥屋さんに「マスクの下は笑顔です」という張り紙が貼ってあった。従業員がマスクをしていると表情が伺えないので、来てくれる客に配慮しているのだろう。

マスクの下に隠された本心

緊急事態宣言以降、飲食店の窮状がガラガラの店内からも伝わってくる。売上減につながる一切の要因を排除するため、従業員の接客態度で印象を悪くしたくないという店側の考えが伺える。

10年ほど前に東京で働いていた頃、関係部署の男性が咳と喉の痛みが治らないと2週間ほどマスクをしていた。「マスクを付けっぱなしで大変ですね」と言うと、男性は「これがちょうどいいのです」と言った。私がどういう意味か考えあぐねていると、「上司に怒られた時、マスクをしているとバレずに文句を言えるからね」と男性はマスクをしたまま悪い顔をして補足した。私は愛想笑いを浮かべながら、冗談なのか本気なのかを考えていた。いつもはスマートに仕事をこなす男性だったので、今考えると男性なりのユーモアだったのだろう。

私は人間の感情は口元ではなく、目に表れると思っている。以前、知り合いの女性で、いつまでたっても腹を割って話せない人がいた。どうしてだろうと考えた結果、たどり着いたのは彼女の表情だった。いつも口は笑っているのに、目が笑っていない。私はそこに、何を考えているのかわからない恐ろしさを感じていたのだ。結局、彼女とは親しくならないまま縁遠くなった。

1億総マスク時代の接客は?

マスクをしていても、人の表情はわかる。眉や目の動き、顎につながる頬の筋肉や声のトーンで人の気持ちは伝わってくる。嫌な態度で接客していれば嫌な店員に見えるだろうし、マスクをしていても丁寧な接客であれば、充分に客に伝わる。マスクをしての接客も、見慣れてきた。それに、コロナ禍ではマスクをせずに口元を見せられるよりも、表情がわかりづらくてもマスクをしてもらった方が安心だ。

散歩の途中にそんなことを考えていたので、歩きながらマスクの下で人知れず悪い顔をしてみた。通りすがりの人と目が合ったので表情を戻したのも時すでに遅し。マスク越しの表情からは、不審がられているのが読み取れた。

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