4分のドラマ

【 Chapter Ⅰ 】
幸い車内では座ることが出来た。

月曜日に控えたレポート発表用の資料を作るためにノートパソコンを持ってきた。常に持ち歩いているので個人的に違和感はないが、デザイン業を営む自分にとって最低限必要だと思われるモニターサイズは16型。一般的なビジネスマンだと16型は大きいかもしれない。
よいしょ、っと座席の仕切とリュックの間にパソコンケースを挟め、隣に人が来ても良いように両手を膝の間に挟んで肩を狭く丸め、頭の中でシミュレーションを始める。

…この車両は9番線の階段すぐそばで停まる。私に一番近い降車口は人が集まり始めているから意外と進めない。よし、裏をかいてひとつ前の降車口から降りて、階段吹き抜けをぐるりと回ってから駆け下りよう。目指すホームはすぐ隣。
柱に注意。人が寄りかかっていたり、最近はそこにスーツケースを溜めている人も多い。最短距離ではなく実は大回りしたほうが時短だ。少々行儀が悪いが階段を一段飛ばしで走り抜け、2両分後ろへ行けば私が予約した指定席のある車両。

全ては事前シミュレーションの通りだった。

定刻通りにホームに入る普通列車。人の波がうねりになる前にすり抜け、階段を滑るように降りる。二段飛ばしは意外ときつい。一段ずつ確実に上るようにすぐ変更し、ホームは走らず近くの車両に飛び込んで車内を移動する方針に変えた。席に着く前にトイレに行きたかったからだ。

用を足してつくづく、「荷物を網棚に載せてしまってからだと、荷物の安全管理上、トイレに行くのがめんどくさいから、今のうちに行っておいてよかった……特急車内ではずっと寝ていたいしね。」

身軽になった自分に満足したと同時に、私は動揺した。「?……?……荷物?」

トイレに行ったにしてはやたら身軽すぎたのだ。私の背中にリュックサックひとつ。パソコンが無い!気づいた時には体はすでに走り出していた。私の頭は、からっぽだ。何一つ考えていない。ただ、わけのわからぬ大きな力にひきずられて走った。

座席に仕切によりかかった私のグレーのパソコンケース。接続のためにこの普通列車は札幌駅で長時間停車してくれていたのだ。その後のことは覚えていない。疾風のごとく、とはこのことを言うのか。心臓が飛び出るほど激しく打つ、とはこのことを言うのか。ゾーンに入るとはこのことを言うのか。すべての景色が止まって見えた。

階段を二段飛ばしに休憩なく走り抜け、ホームに立ち時計を見つめる駅の係員と目が合った。「乗ります‼‼‼‼!」ドラマのワンシーンのような金切り声が私の喉から発せられた。

列車に乗り込み、がくがくとひざが震えた。
プシュー…ゆっくり閉まるドア。「ピーィィ、ピョッ」広がる笛の音がいつもより遠く響いているように感じた。

身なりを整え、呼吸を整え、何食わぬ顔して客室の自動ドアに手をかざす。心臓はまだドクドク言っている。

…よかった。間に合った。
一生分の運動と感情の乱高下を味わったかのような4分間の出来事だった。


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