多様性と多様性
ビルを照らす朝日。さぁ、今日が始まるぞって感じは山でも海でも森でも街でも同じ。
多様性を受け入れろ
とかいうまえに、こちらの多様性も受け入れるのが本当の多様性ではないのか?
なんて話を最近耳にしますが、なんだかよくわからない。
多分、多様性ってのは
あなたはあなた。わたしはわたし。違いはあるけど、話しませんか?みたいなことだと思ってる。違いを受け入れることは、受け入れることなんです。
あれ?よくわからない。
外国の方と結婚された方が、
あの国では靴を脱ぐ習慣がないから、靴を並べないんです。とおっしゃって和式の玄関では靴を並べないことを許容しろよとおっしゃる。なんだかな~と思いながら、多様性について思いを馳せる。
それは理解するし、受け入れるが、靴を並べないことは受け入れられない。だって邪魔だし踏まれるぞ。って話をするんだけど、日本はこれだから生き辛いんですよみたいに言われて、それもなんだかな~と思う。
相変わらず靴は並べないし、いろんな人に踏まれまくる靴。誰だよ並べないのは!なんて陰で言われちゃう。そこは生き辛いところだけど・・・。
ま、集団生活ではよくある話。ちゃんとしてる人が損をするみたいなことになるとますますややこしくなるし、個人的には靴くらい並べれば、気持ちよくなるのになって思うけど。
この話には、権力者はいなくて、個人同士の話のような気もするが、自分が多様性を受け入れられるようになることはどういうことなんだろうと、ここ最近考えている。多様性ってなんだろうね。
あなたはあなた。わたしはわたし。
この先になにがあるんだろうか。