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コエヲタヨリニ 波乱のファミゼリア

*あみそ組さんのゲーム「コエヲタヨリニ」の二次小説です。主人公が完全オリジナル。オリキャラ多数登場。いろいろ捏造。
 

 プルルル。プルルル。補習から解放されて喜んでいた時、スマートフォンが鳴り出した。
「相川さんからだ。珍しい……」
 即座に応答ボタンを押して耳に当てたりのは尋ねた。
「うん、もしもし、どうしたの?」
『来週の日曜日、予定空いている?』
「うん。空いてるよ」
『その……よかったら、一緒にファミゼリアに行かない?』
「え……」
 青天の霹靂とはこのことだろう。スマートフォンを耳に当てたまま固まったが、名前を呼ばれて我に返った。
「ちょ、ちょっと、待って」
 突然の誘いにりのは考える。滅多に電話をかけてくることのない相川が自分を誘ってきた理由を。
(ひょ、ひょっとして、デ、デートとか?! いや……それはないか。いくらなんでもないよね。相川さん、鈍感そうだし。じゃあ、ただの暇つぶし……? それはそれでなんかヤダ。うーあー! 分かんないよ!!)
 元々推理が苦手なりのは頭を抱えて唸った。唸りに唸った末に返事を出した。
「……行く」
『え?』
「相川さんと一緒に行くって言ったの! ファミゼリアに!」
 やけ気味に答えると、電話口から木々のさざめきのような笑い声が上がった。
『そう言われると、デートのお誘いみたいだね』
「別にそんなんじゃないし!」
『分かってる。冗談だよ』
「もーっ! 私、そろそろ帰るから! 電話切るよ!」
 稚拙な嘘で電話を切った後、ピンク色のカバーのスマートフォンを胸に当てて深い息を吐いた。
「はあ〜〜……もうドキドキした……」
「なにに?」
「ひょわぁ!?」
「って、菫ちゃんか……。驚かさないでよ」
 切り揃えた黒髪を揺らしながら顔を覗く西大寺菫に肩を跳ねる。その様子を菫が見逃すわけもなく尋ねた。
「ひょっとしてさっき相川さんと電話してたの?」
「う、うん、そうだけど」
「どんな内容?」
「来週の日曜にファミゼリアに行くってだけ」と、端的に答えると、菫は目を輝かせた。
「それってデートじゃん!」
「デートじゃないし! てか、それ以前に付き合ってもいないし! それに私と相川さんはただの友達よ!」
「必死に否定してるところがデートと裏づけてる! もうデート確定じゃん!」
 きゃあ! もう! 最高! とはしゃぎながらスキップする菫をりのは追いかけなかった。いや、テンションの高さに呆気に取られて追いかけられなかった。このことを後に後悔する羽目になる。
 さっさと追いかけて止めればよかったと……。

 一方、りのから返事をもらった相川は肩の力を思い切り抜いた。
「ふう……」
 椅子の背にもたれかかる相川に電話でのやり取りを見守っていた杉本達は目を瞬かせた。
「おりゃりゃ? 珍しくため息ついてんじゃん。どうしたの?」
「東崎さんから返事があってね。ホッとしただけだよ」
「あら、緊張していたの」
 シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』の台本と顔がぶつかるぐらい内容を脳裏に焼き付けていた女性ーー松岡ねねは顔を上げてクスッと微笑んだ。
「僕だって緊張の十や百ぐらいするよ」
「桁上がったな」
「そっちの方が伝わりやすいかなって」
「バカにしてるようなニュアンスがあったのは気のせいか?」
「気のせいだよ」と、即答するが、目を逸らしている時点で杉本の指摘が事実だと言っているものだ。
「あの……なんでファミゼリア行こうって誘ったんですか?」
「約束、かな」
「約束? なんだそれは?」
「秘密です」
 悪戯っ子のような微笑みで窓の外を眺める相川。彼の脳裏にはあの日交わした他愛のない会話が浮かんでいた。
(君との約束、守れそうでよかった)
 眩しそうに瞳を細める様子に、杉本と武藤とねねと美優は顔を見合わせてコソコソと話し合い、二言三言交わしたのちに激しく頷いた。
 もし後ろを振り向いていたら彼等のただならぬ雰囲気を察して相川は問い詰めていただろう。内容を知れば追い回していただろう。
 だが、刹那の淡い約束に浸っていた相川は一週間後、後悔する。


***


 日曜日。相川は急いで待ち合わせ場所に行くと、りのが腕を組んで足を鳴らしていた。
「もうっ! おっそーい! 約束したの相川さんの方なのに!」
「ごめんね」
「次からは気をつけてよね」と、拗ねた声色で忠告するりのの服装を頷きながら凝視する。
 水色のフリル付きシャツ、濃紺色のスカート、黒と白のスニーカー。赤と青の縞模様のミニソックス。協調された色彩はりのの快活さを引き立てていた。
 審美するような眼差しに気付いたりのは訝しげに眉を寄せた。
「どうしたの……? そんな、ジロジロ見て」
「いや、生りのを見るの二回目だなって」
「ぶふぉっ」
「な、生りのって!」
「だって、直接顔を合わせたの今日を入れて二回目じゃないか。それ以外は電話だったし。最初に会った時は制服姿だったから、私服姿は結構新鮮だなって」
「そ、それって、褒めてるの?」
「うん。私服もかわいいよ」
「〜〜〜っっ!!」
 顔中赤くしながらキョロキョロと目を泳がせる。熱い。頬が、首が、熱い。火照りを冷ますべくりのはファミゼリアに駆け込んだ。
「慌てなくてもファミゼリアは逃げないよ」と、見当違いな窘めをする相川を無視して店員に案内してもらう。
 案内された二人用の席に座ったりのは熱のこもった息を軽く吐き出し、水を飲み干そうとして。
「ぶふっ」
 思い切り咽せた。
 相川の斜め後ろにりのの友人達がニヨニヨとこちらを見ていた。
 慌ててスマホを立ち上げてほんわかフレンズというグループLINEに凸した。
『ちょ、ちょっと!? 何しに来たの?!』
『りのと相川さんの恋路が見たくて』
『私たちそんな関係じゃないって!』
『まったまた〜〜否定してるところが怪しいぞ☆りのちー』
『なっちゃんまで! 菫ちゃんと一緒になってからかわないでよ!』
『恋愛フラグ五十から六十パーセントなり』
『エリーもふざけないでよ!』
『みんなマジのマジで言ってんのさー』
『キャンキャンも本気で私と相川さんがそーゆー仲だって思ってるの?!』
『思わん方が難しいさー』
『うんうん』
『そうだZE』
『計算九十九パーセントなり』
 菫たちの返答にりのは絶句した。まさかここまで勘違いされているとは! 自分と相川は偶然電話で繋がって助けて助けられた関係なだけで、それ以上の関係など無いのに!
(誤解を解かないと! えっと、わ・た・し・は)
 鬼気迫る形相でスマートフォンの画面を連打するりのだったが、文字は続かなかった。
「どうしたの? りの?」
「あ……えーと、あ! ようこそいらっしゃいませって、沖縄だとめんそーれになるのかなって、ちょーっと疑問に思っただけ!」
「沖縄ではめんそーれって言うけど、一概にそうとは言えないんだ。地域によってそれぞれ違っていて。宮古島では「んみゃーち」石垣島では「おーりとーり」って言うんだ」
「気が抜けそうな歓迎ね」
「ちなみに【めんそーれ】は古語、日本古代言語の『参り召しおはれ』や『参り候え』が訛って変化したものと考えられていて。【みゃーくふつ】と呼ばれている宮古島方言は『ん』から始まる言葉が結構あって『おばあさん』を【んま】って呼ぶんだ。いらっしゃいませをどうして【んみゃーち】って呼ぶのか、石垣島や竹富島や西表島などの八重山地方では【おーりとーり】って呼ぶのかまだ分かってないんだ。消滅危機言語をなんとしても守るために研究を進めていかないと……」
 解説していくうちに己の世界に入りつつあった相川を現実に戻したのは、少女の感嘆の吐息であった。
「相川さんって語学マニアなだけじゃなくて方言マニアなのね」
「方言マニアってわけじゃないけど……単純に言語学を取ってるから言葉に少し敏感なだけで」
「言語学? よくわかんないけど相川さんがすごく頭良いのは分かった」
「僕より頭良い人とか勉強を呼吸のように楽しんでる人とか専門分野では大人顔負けの実力を持ってる人とかいるよ。たとえば」
 自分にとって身近な人物の名前を上げようとして、ふと顔を上げた相川は凍りついた。
 りのの斜め後ろに相川の見知った顔が四つ、揃いも揃ってニコニコしていた。
 コンマ数秒でズボンのポケットからスマートフォンを取り出した相川はグループLINEを開いた。
『お前ら何しに来た??』
『見守りに来ただけだぜ☆』
『帰れ』
『まあまあ、俺らは通行人と思ってスルーしてくれ』
『視界から消えてくれたらスルーしますよ』
『そんな冷たいこと言わないでください先輩!』
『エアコンのせいで寒いだけだと思うよ』
『私たちのことは気にせず続行して』
『人の話聞いてた?』
 男である武藤と杉本には塩対応だが、女である美優とねねには若干優しめな対応だ。それでも帰れとコールしていることに変わりはない。
(この色ボケ共、どうしてくれようか)
 ゴゴゴッと黒いオーラを漂わせながら野次馬への報復を考えていると、声をかけられた。
「相川さん、どうしたの? 何かあったの?」
「ん? いや、なんでもないよ。それよりもお腹空いてきたね。なにか頼もうか」
 りのを誘った目的を思い出し、報復考えるの後にしようとスマートフォンをしまってやんわりと促した。
 己と同じ状況に置かれていることや目の前の青年が恐ろしいことを考えているのを知らないりのは、メニューを開きながら「どれにしようかな」とぼやいた。
「よっし! 決まった! 相川さんは?」
「ん、もう決まったよ」
「よし、呼ぶよ!」
 のめり込む勢いで呼び出しボタンを押す。ハンディーターミナルを取り出す店員に二人は注文をする。
「えっと……辛味チキンとほうれん草のソテーとミネストローネとティラミスで。相川さんは?」
「僕は半熟卵のミラノ風ドリアとマルゲリータと小エビのサラダとコーンクリームスープとフォカッチャ四つとジェラート四つとプリン四つ、かな」
 瞬間、店員とりのの表情が凍りついた。
 細身で中肉中背の男性が見た目を裏切る量の注文をしたからだ。
 そばで小耳程度に聞いていた客も凍りつく中、接待マニュアルが染み付いている店員だけはいち早く我に返り、仕事に戻った。
「は、はい! ご注文を繰り返させていただいます! 辛味チキンがお一つ。ほうれん草のソテーがお一つ。ミネストローネがお一つ。ティラミスがお一つ。半熟卵のミラノ風ドリアがお一つ。マルゲリータがお一つ。小エビのサラダがお一つ。コーンクリームスープがお一つ。フォカッチャが四つ。ジェラートが四つ。プリン四つでお間違いないですか?」
「はい」
「は、はい」
「かしこまりました」と、脱兎の如くホールに逃げた。
 店員が去っていくのを茫然と見ていたりのは我に返り、ツッコミを入れた。
「ちょっ、どれだけ食べるの!?」
「えっと……これでも抑えてる方だけど」
「抑えてる?! どこを!?」
「デザート。ランチタイムじゃなかったら全部頼んでるよ」
 絶句した。目の前の男、今何を言った? ランチタイムじゃなかったらデザート全部頼んでる? メニュー表の後ろに記載されているデザート全てを? 胃袋が人間じゃない!
(おやつの時間だったらバイキングされてたってことよね……これがもしスイパラとかだったら……うん、ある意味、ファミゼリアで良かったかも)
 言い聞かせるように己を納得させて、思い出した。行く前に決めていたことを。
「あ……そういえば、聞きたいことがあるんだけど」
「なに?」
「なんで私を外食に誘ったの?」
「約束を果たすため、かな」
「え?」
 目を瞠るりのに、相川は微苦笑を浮かべてスマートフォンに表示されている電話アイコンを指した。
「ほら。初めて会った時、ここから出たら美味しいもの食べたいねって話していただろう。あのときはバタバタして出来なかったけど、りのの願いを叶えたかったから。それで誘ったんだ」
「あ……」
 言われた瞬間、あの時のことがカメラのフラッシュのように脳裏に浮かんだ。

『よし! 休憩はここまでにして、先に進みますか!』
『そうだね。ついでにここから出たら何か食べに行こうか』
『もう予定立てるの?! 早くない!?』
『お菓子だけで満足できるの?』
『う……正直言うと物足りない』
『今のうちに何を食べようか考えておいたら?』

 あの廃病院を脱出するまでは確かな灯火となっていた小さな約束。時間外受付にある地下室に行った後は大男に襲われたり必死に逃げたり警察の事情聴取を受けたりと怒涛のトラブルで忘れていたが、あの時の言葉を、温もりを思い出して視界がぼやけた。
(ダメだ。泣いちゃダメだ。嬉しくても相川さんを困らせちゃダメだ)
 瞳に溜まった雫を拭い、水を飲んでクールダウンする。こもった熱を吐息で追い出して口を開く。
「ありがとう」
 綿菓子のように柔らかく甘い笑顔に相川の心臓が跳ねた。特別な意味はないはずなのに、緊張して手に汗が滲み出す。何か言わないとーー。
「それは僕のせ」
「お待たせいたしました。ご注文の品は全てお揃いでしょうか?」
 店員の介入によって鶯が鳴き出す雰囲気が散った。
「「は、はい」」
「ごゆっくりお過ごしください」
 去っていく店員に相川は内心親指を立てながらテーブルの上の料理を指して促した。
「じゃあ、食べようか。いただきます」
「い、いただきます!」
 元気よく手を合わせて挨拶をし、フォークを手にほうれん草のソテーを持ち上げて口に運ぶ。
(ん〜〜! やっぱり美味しい〜〜!)
 変わらない美味しさ、変わらないファミゼリアの雰囲気にりのは頬を緩めながら思う。
 目の前の青年が自分を日常に戻してくれたのだと。
(食べる仕草綺麗だな……)
 横髪を耳にかけながらスプーンで掬ったドリアを口に運びゆっくりと咀嚼する姿に、左手を受け皿にして切り分けたピザを一口ずつ頬張る姿に、目が離せない。相川が食事をしている。それだけなのにエロティックなものを感じて再び頬に熱が集まっていく。
「どうしたの?」
「え、あ! いや、なんでもない!」
 これ以上見てはならない。逃げるようにそっぽを向くりのの顔は背後に方向転換しようとしていた。
 斜め後ろにいる出歯亀共の存在を思い出した相川は慌てて引き止めようとするが、言葉より先に指が頬をつついた。
「ちょっ、なによ?」
「りののほっぺ、マシュマロみたいだね」
 咄嗟に出た言葉はどう聞いても口説き文句にしか聞こえなかった。相川に口説いている自覚はない。いや、そもそも考えるより前に脊髄反射で喋っているのだ。思考がろくに回ってないと言っていい。
「んなっ!? ど、どういう意味?!」
「僕の好きなバニラマシュマロとそっくりの触感」
 もう一度言おう。脊髄反射で言っているだけであって、本人に口説いている自覚は一ミクロンもない。
 だが、言われた方はたまったものではない。
「な、な、な、な、な、なーー!?」
 顔を赤くして後ずさり身を縮こませて俯くりのを見て相川は己の言動を振り返る。年下の少女のほっぺをツンツンし、ほっぺの感触好きなマシュマロみたいだね! とほざく。少女にとって己はただの知り合いで近所のお兄さんみたいだと思っています。そんな人から上記のことをされてどう思いますか?
(あ。これキモいって思われた)
 どうやって誤解解こう。杉本達のことを話さなきゃいけないよな。でも、信じてもらえないよな。いくらなんでも無理があるよな……。
 などと、ネガティブモードに入った相川は天井を仰ぎ見た。
(相川さんどうし、ってやばっ!!)
 背中を思い切り逸らした先には親友達がいるのだ。バレたらおしまいだ! 僕だけの秘密の約束なのにバラしたんだねとか誤解される! 怒られる!
 脳内に描かれる最悪な結末を回避すべくりのの手にあるフォークはティラミスへと伸びるーー!
「あ、相川さん!」
「え? なに? むぐっ!」
 正面に戻った口にめがけてティラミスを押し込む。
 突然の襲来に驚きながらもゆっくりとティラミスを咀嚼する相川が食べ終わるのを待つ。
 ごくん。その音を皮切りにりのは口を開いた。
「……ティラミス、美味しい?」
「うん……美味しい」
「あ! そういえば、ティラミスってイタリア語でなんていうの?」
「いきなりなんで」
「だって、相川さん、外国語結構話せるでしょ。それに将来イタリアに行きたいからイタリア語話せたらいいな〜なんて!」
「そっか……なるほど」
 好きな国の言葉の意味を知りたがるのは良いことだと頷いて相川は説明した。
「ティラミスは『私を引っ張り上げて』って意味だよ」
「なんかヘルプミーって感じだね。川とか海とかに溺れた時に言ってそう」
「ブフッ」
 ティラミス! ティラミス! って叫んでるイタリア人を想像して水を吹き出した相川はツボに入ったのか机に顔を突っ伏して笑いを堪えた。
「ティラ……ミ、ス……くふふっ……」
「そんなにツボる?」
 苦笑いするりののツッコミも届いてないのか笑い声までこぼれ出し身体を揺らしていたが、急に止まった。運転する車が急停止を出されたように顔を机に突っ伏したままの姿勢で動かない相川に、りのは声をかけようとしたが、相手が顔を上げたことで出来なかった。
 水を思い切り飲み干した相川は深く息を吐いた。
「まあ……僕も『ティラミス!』って言いたいけどね」
「何かあった時とか相談したい時とかに言ってみる? ティラミス! って」
「それ、いいかも」
 和やかな二人の会話を杉本や菫達は口角をだらしなく緩めて笑みを深めていた。恋に発展しそうな二人を見守るのって最高! とんだ出歯亀根性である。
「あ……今度、杉本の誕生日だから手作りでティラミスを渡したいな」
「ん? なんで?」
「実はね、ティラミスにはもう一つ意味があるんだ」と、相川は上弦の月の如き笑みを浮かべた。
 その笑みを見た杉本達サークルメンバーはハザードランプが頭の中で鳴り響くのを感じ、ゾゾゾっと冷や汗をかいた。
「『私を(あの世に)迎えに来て』だよ」
「へえ! なんだかロマンチック!」
 瞬間、杉本は石像になった。長い付き合いであるが故に相川の意図が読めたからだ。お前をあの世に逝かせるぞ。
「……ドンマイ」
「短いお付き合いでした……」
「貴方ならきっと帰ってこれるわ。たぶん」
「あんたらも共犯なのに……!」
 慰めや励ましというより見捨てる気満々な三人に杉本はギリィと歯軋りをするが、発案者が己なだけに迂闊に相川を怒らせた己の身を恨むしかない。
 杉本に五寸釘を刺した相川はジェラートを頬張りながら即興で練り上げた嘘をついた。
「ちなみにペットとか迷子の人を見つけるおまじないとしてティラミスの下に「ティラミス」って書かれた紙を入れることもあるんだ」
「そっか〜〜私も今度やってみようかな」
 みんなとはぐれた時とかにティラミス買っちゃおう! と笑顔でティラミスをほおばるりのに、杉本以外のサークルメンバーと菫たちは手で顔を覆って声にならない呻き声を上げた。
 うちらの親友(りのちゃん)マジ天使!!
「でも、ティラミスをホールで買う予定だから杉本一人じゃ余るし。武藤先輩や加藤や松岡や岸田や他のメンバーにも分けようかな」
 喜びも束の間。武藤とねねと美優は石像になった。そして相川の瞳が四人の方へと向いて細められた瞬間、三人は杉本を引きずってファミゼリアから出た。
 後日、杉本が相川にティラミス片手に追いかけ回される光景が大学名物になるのは別の話である。
 邪魔者がいなくなったのを見届けた相川はこっそりと息をついてりのの方に顔を向けると、はにかんでいた。花もはじらう微笑みを浮かべながらりのは二度目の感謝を告げる。
「ありがとう。私をティラミスしてくれて」
「それは僕のセリフ。Grazie tiramisu」
「ぐらっちぇ、フォーユー」
「アメリア語? イタリカ語?」
「細かいことはいいからさっさとたーべーてー!」
「むぐっ!」
 勢いよく残りのティラミスを思い切り口に放り込むりのと驚きながらも頬張る相川を、菫たちは生暖かい笑顔で見守っていた。


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