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コエヲタヨリニ ステージ8&9

あみそ組さんのゲーム「コエヲタヨリニ 初代」の二次小説です。主人公が完全オリジナル。
*注意! 未成年に対する暴力暴行の描写あり。
不快に思われた方はプラウザバックをして閉じてください。


 相川が出かけようと腰を浮かしたその時。
 にゃーん。聴いているだけで可愛いと思える猫の鳴き声が電話の向こうで聞こえたと同時に少女の嘆声が上がった。
『ああ! 嘘……』
「どうしたの?」
『今ね、出入り口を開けたらね、猫が病院に入ってきたの。そのまま地下への階段を降りちゃった……』
 切迫した声と忙しい足音。
『どうしよう……あの猫、地下なんかに降りたら出れなくなるかも……』
『出入り口は目の前にあって外に出られるけど……あの猫は迷子になっちゃうかもしれない』
 どうしようと唸るりのの言わんとしていることを察した相川は、顔を少し曇らせた。
『ねえ……地下への階段を降りて猫を探しに行こうと思うんだけど』
「どうしても行くの?」
 湿った声で引き止めるように尋ねる相川に、返事は変わらなかった。
『うん……怖いけど、猫が心配だし。ちょっと見に行くだけ』
 不安の中に金剛石のような決心を見出した相川は説得しても折れないと悟り、渋々と引き下がった。
「……分かった。猫を見つけたらすぐに地下室から、病院から出るんだよ」
 代わりにきっちりと念を押した相川は机の横のフックに下げている懐中電灯を持ち外した。
『うん。じゃ、じゃあ、階段を降りてみるね』
 出入り口から室内に戻った足音が鈍くなる。扉の開く音、階段を降りる音が大きく反響する。
『う、うう……こ、怖いよ……ねえ、聞こえてる?』
「聞こえてるよ」
『良かった……ねえ、なにか喋ってて。怖いから』
 すごい無茶振りをされた。相川は頬を僅かに引き攣らせた。芸能人やラジオパーソナリティなら即座に対応できるだろうが、相川はただの大学生だ。
(杉本とか武藤先輩なら『好きな食べ物なに?』で話題を日本一周ぐらいにまで転がせるけど……)
 コミュ力が宇宙の彼方まで突き抜けている親友と二個上の先輩を思い浮かべるが、ここにはいないので、自分の持っている話題か特技でりのを安心させるしかない。
 話題探しに視線を彷徨わせると、机の上に積まれた本たちが視界に入った。火花が散るように同輩の女性に褒められたことを思い出した相川は本を一冊手に取った。
「じゃあ朗読でもしようか」
『え? 何にするの?』
「【やまなし】宮沢賢治」
 春の海のさざなみのような穏やかな声で幕が開かれる。
「小さな谷川の底を写した二枚の青い幻灯です」
 映画のフィルムを回す監督のような口調から一転して、幼い少年のような声で二匹の蟹の物語が語られる。
 カワセミが降ってくる場面でりのは小さく悲鳴を上げたが、父親蟹が宥めるところでホッと安堵の息を吐いた。
『階段を、降りきったよ…‥地下は暗くて、よく見えない……』
 五月を読み終えたタイミングで報告が上がり、声が止まった相川をりのは催促する。
『朗読続けて』
「二、十二月。蟹の子供らはもうよほど大きくなり、底の景色も夏から秋の間にすっかり変わりました」
 四〜五歳ぐらいの弟と六〜七歳ぐらいの兄の小さな喧嘩とじゃれ合いにりのは小さく笑いながら奥に進んでいく。
『猫ちゃん……どこに行ったの?』
 タイトルの『やまなし』が降ってくる場面を演出するために相川は大きく息を吸った。
『え……?』
 電話越しに伝わる困惑の気配。固く張り詰めたものに変わっていくのを感じた相川は朗読を中断した。
「東崎さん?」
 呼びかけるが、返事はない。代わりに悲鳴じみた問いが上がった。
『っ、あ、あなた、だれ?!』
「東崎さん!?」
『い、いや、こ、来ないで!! ぅ、っ!』
 電話の向こうから殴打音、ものが転がる音、人が倒れる音がする。
『け、携帯電話が……ううっ! 相川さんと、繋がってるのに……拾わなきゃ……』
 襲われていると判断した相川は椅子から立ち上がって叫んだ。
「東崎さん! 逃げろ! 早く! 立って! 立って逃げるんだ!」
 その場にいない相川の叫びで現状を解決できるはずもなく、それどころか悪化していく。
『いやぁ! やめてぇ! いやだ! 離して! 離してよぉ!』
 引きずる音、ブチブチと引きちぎる音……。何者かがりのの髪を掴んで危害を加えていることに、感情が沸騰した相川は机を殴りつけた。
「やめろ!! お前の目的はなんだ!? 今すぐ東崎さんから離れろ!!」
 現場にいれば犯人の胸倉を掴んで食ってかかっているだろう勢いと迫力は、りのの心を奮い立たせた。
『う、ううっ……諦めない! 相川さんは、最後まで、電話を切らないって、約束してくれたの!』
 ひたむきに信じ続けるりのの抵抗を嘲笑うように、手元から離れた携帯電話はノイズを吐き出した。

***

「東崎さん? 東崎さん! 返事してくれ!! 東崎さん!! なんでもいい! お願いだ!! 何があったのか教えてくれ!! っ頼む! 何か言ってくれ!! 東崎さん!! ……りの!!」
 喉が枯れる勢いで呼びかけても叫んでも尋ねても返ってくるのはノイズばかり。電話の向こう側でりのが今どんな状態にあるか分からない。いや、襲われているのは解る。だが、その後の何者かの行動が分からない。状況を把握できないが故の不安が恐怖となって、相川の焦燥を煽る。
(返事が、できない……できないほど危害を加えられているのか、それとも……)
 最悪の未来を想像して背筋に氷塊が落ちていく感覚と共に胃酸が喉へせり上がってきた。
 胸元を押さえて胃酸を飲み干す相川の耳に馴染みの声が入ってきた。
《どうされましたか?》
 ハッと我に返ってスマートフォンを耳から離す。Moriが柳眉を八の字にして気遣わしげに見つめていた。
 きょうだいのように親子のように親友のようにそばに居てくれるMoriの問いに、相川は肩にもたれるように弱々しく答えた。
「電話の相手が、答えてくれない……」
《それは困りましたね。喧嘩でもしてしまったのですか?》
「それならどんなにいいんだろ……」と項垂れる。
《直接会って謝るしかありませんね》
《会って話をすればきっと分かってくれますよ》
 諭すような宥めるような励ますようなMoriの提案は嬉しいしありがたい。だがーーーー。
「それが……東崎さんがどこにいるのか分からないんだ……」
《え? 分からないのですか?》
 画面上でMoriは首を傾げたまま顔を少し下に俯かせて五秒ほど考え込む。
《相手と長い間通話をされていたようですね。そこに手がかりがあると思います》
《ただ相手のバッテリー残量を考慮すると二十三時までに居場所を特定し、そこへ向かう必要があるでしょう》
 スマートフォンの画面上部に表示されている時刻は二十二時を指している。
「あと一時間……」
 鼓動が速まる。冷や汗が米神から頬を伝う。
(落ち着け。名前と場所の特徴さえ掴めたらMoriが案内してくれる!)
 詰まりかけた息を吐いて深く吸う。四秒ほど止めて八秒かけて息を深く吐き切った相川は、指示を待っているAIにヘルプアシストを要請した。
「Mori、今までの記録を再生してくれ!」
《わかりました。記録再生及びマーキングアンドローラーを開始します》
 マーキングアンドローラー。通称M&Rは警察官及びネット掲示板の特定班が相手の個人情報や位置を探し出すのに使われるツールだ。ただし文字情報だとAIが自動的に特定してくれるが、音声情報だとユーザーが提供しないとAIが検索してくれないという欠点があるため、慎重に探り当てないといけない。
 電話だけで繋がった二人の会話が再生されていく。
『迷惑電話とかイタズラ電話だとか思うだろうけど違うの! えっと、私の名前は東崎りの。音羽山高校に通っている高校二年生なんだけど。ルールその一、お前はこの建物から脱出しろ。だから、適当な電話番号に電話をかけたの。そしたら貴方に繋がった! 今、私は小さな部屋の中にいるの。本当、貴方と電話できてよかった……』
「音羽山高校からの帰り道……」
《一万四千件ヒット》
 まだ足りない。点が、点と点を繋ぐ線が、もっと必要だ。
『ん……ここ病院みたい。でも、人のいる気配とかないし。ゴミとか落ちてて荒れてるんだよね。ベッドの上には何もないね。シーツがぐちゃぐちゃってぐらいかな。よし! 鍵を差し込んでっと! 先端がCの形をした鉄の棒があったよ! なるほど! てこの原理ね! よいっしょぉ!』
「廃病院……」
《八千件ヒット》
 これでも足りない。少女に辿り着くための線を増やしたい。
『突き当たりには……手術室だ。やっぱり入らないとダメ、だよね。えっと……中は暗くてよく見えない。とにかく暗くて見えないの。薬品が入っていて、エザンノル? あ! 壁に大きな穴がある! そこから先へ進めそうだよ! っと、穴の先は廊下になってて、まだ右と左に続いている』
「外科があった……」
《三百十件ヒット》
 情報が絞り込まれていく。
『ねえ! 売店があるよ! 入ってみるね! わあ! お菓子とか雑誌とか色々置いたままになってるよ! 賞味期限切れてなーい! ここ……出口なんてあるのかな……。この先何があるか分からないけど……最後まで電話を切らないでいてくれる? 私を助けてくれる?』
「賞味期限切れてないってことは最近潰れた病院で……」
《百三十件ヒット》
 点が線となって、徐々に面が描かれていく。
『今売店から更に廊下を進んでいるよ。柱に時計が取り付けられていて、五時四十一分で止まっている。あと、金庫の横に万年筆とメモ帳が置いてあるよ。図書室の奥の壁に本棚があって、本棚と壁の隙間から光が漏れてる。本当に結構広くて、この広さをどう表したらいいんだろう……。紙には【少年は老人に言った。この先は修羅の道であると】って書かれてる』
「しかも、図書室があって……」
《五十三件ヒット》
 面が鮮明になっていく。
『ここ時間外受付みたい。鍵穴とか暗証番号入力する機械とか見当たらないんだよね。その横には受付窓口があるよ。地下へ降りる階段がある。薄気味悪いけど……。正面に扉があるってことは、あともうちょっとで外へ出られるのかな……。時間外受付は十九時以降なんだって』
「時間外受付が十九時以降……Mori!」
《六つの条件に当てはまる場所を特定しました。富根総合病院です》
 少女を閉じ込めているマスターピースを捉えた。


***


 住民や管理人にバレないように足音を殺して一階に降りた相川は、裏口の扉に手をかけた。
「生未君、どうしたの?」
ユエさん……」
 自分を含む住民たちの母親的存在である日比野月ひびのユエに声をかけられて肩を跳ねた相川は、振り向かずに理由を述べた。
「大したことじゃありません。電話の相手と……少し、喧嘩をしてしまって……」
「まあ。そうなの……」
 信じたのかそうでないのかは分からないが、心配そうな月に嘘を吐くのは良心が痛む。だが、本当のことを言ってはりのが殺される。それ以前に月と問答をしている暇はない。
 早く引き下がって欲しいと願う相川の焦りを知ってか知らずか月は尋ねてくる。
「今から会いに行くの?」
「はい」
「そう……。じゃあ、行ってきなさい」
 キッパリと断言した相川に何を思ったのかは知らないが、月はあっさりと引き下がった。
「ちゃんと帰ってくるのよ」
「……行ってきます」
 いつもと変わらない見送りの言葉を背に負いながら挨拶を交わし、扉の向こうへ走り出した。


***


 懐中電灯を片手に相川は指示を下す。
「富根総合病院への行き方を教えてくれ!」
《道案内開始します》
 一寸先も見えない大粒の雨が降り注ぎ、相川の視界を、行く手を遮る。
 それでも相川は止まらず、走り続ける。
『大丈夫。出られるよ。東崎さんをここから脱出させる』
『東崎さんに何かあったら出来る限り力を尽くして助けるよ』
『ここから出たら何か食べに行こうか』
『一緒に叱られてあげる』
 交わした約束を果たすために。
 信じ続けてきた少女の祈りに応えるために。

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