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コエヲタヨリニ ステージ5

あみそ組さんのゲーム「コエヲタヨリニ 初代」の二次小説です。主人公が完全オリジナル。


 小腹が空いてきたので缶ココアが入っている引き出しからたけのこの里を取り出したタイミングで歓喜の声が上がった。
『よーし! この扉を開けて!』
 だが、その歓喜も続かなかった。
 カコンッと引っかかる音によって失望へと変じた。
『うわーん! お決まりのロック!』
 見飽きたドアロックに泣きの入った抗議が上がった。
『この扉もカギがかかってて……開かないよ……』
「どんな状態でロックされているの?」
『四桁の暗証番号を入れるタイプ……』
 一応答えるりのだったが、声に張りがない。
『はああ……もうイヤになる……』
 肩を落としている様子が容易に想像出来る。躊躇いながらも相川は尋ねた。
「えっと……手がかりになりそうなものはある? 東崎さんの目につく範囲で」
『手がかり……あ、扉の横に紙が貼ってある。紙を読み上げるね』
 ベリベリと粘着質のある物体から紙を剥がす音の後に固い声色で淡々と読み上げられる。
『この扉を開けられるのは電話の相手だけだ。なぜならこのゲームを始めたのだから』
『ここまで進んで来たものは蜘蛛の巣でたくさんかってあらゆる罠を潜り抜けてきたのだろう』
『だが、これだけではすでに満足はできない。さらなる謎、さらなる心理を求めて原初の番人を招こうとしている。だって』
『これって私じゃなくて相川さんが知っているってことだよね? どういうこと?』
 二時間近く電話をして質問をすれば相川が律儀に答えてくれると分かっているりのはさっそく尋ねたが、返答はない。名前を呼んでも返事はない。どうしたのかと聞く前に相川が重たげに口を開いた。
「……犯人はとことん悪趣味だな」
 言葉の節々から怒りが滲み出ており、相川が密かに堪えていた犯人への怒りはりのの共感を煽った。
『だね! ゲームって……私と相川さんで遊んでいるのかしら? 腹が立つ!」
「全くだ……人の命がかかっているのにそれをゲームと言えるなんて、頭がどうかしてるよ」
『犯人の親の顔が見てみたいわ!』
 憤懣やるかたないといった様子で紙を握りつぶしたであろうりのだったが、相川の深く長く吐かれた息に我に返った。
「僕も色々言いたいし怒り足りないけど、ドアのロックを解除しないと先には進めないから、ここから出た後でたくさん言い合おう」
『そう、だね……うん。そうする。ここから出て犯人をギャフンと言わせてやる!』
 コロコロと感情表現を変えるりのを密かに元気だなと相川は微笑ましく思った。ーーその奥にある下心めいた感情を未だ知らず。
『相川さんにしか解除できないってことだけど、何か分かる?』
「いくつか手がかりらしきところは出ているから、候補は絞れるよ」
 Moriに記録再生をしてもらいながら相川はヒントらしき単語を挙げていく。
「まず蜘蛛の巣……これはワールドワイドウェブを示唆している」
『ワールドワイドウェブってあのWが三つ並んだやつ?』
「ああ。つまりインターネットを指しているんだ。だとすれば、かってきたはネット上の買い物になる」
《履歴表示します》
 記録再生を終えたMoriは即座に主人の意図を読み取り、各アプリの購買履歴を表示した。購買履歴にはア○○ラやネ○フ○などの動画配信サービス、○ンド○や○ッ○マなどの電子書籍、アップストアでのゲームが載っている。全てのアプリを合わせて支出が五万円を超えているが、webライティングで稼いでいる相川にはそんなに痛手ではない上に、買ったものも友人達から「真面目だねえ」「努力家だなあ」と言われるものが多い。履歴の中で唯一、異色を放っているのがアップストアであった。
『んー……でも、買い物って結構多くない? 絞り切れるかな?』
「あらゆる罠を潜り抜けて、とあったよね。これはミステリーやサスペンスにも使われる文言、単語なんだ。罠はトリック、謎、犯人の工作などを指している」
『あ! つまりミステリーやサスペンスのゲームとか映画とか小説とかの購入履歴が答えってことね!』
「そうだね。特に多いのは、ゲームかな」
 アップストアの履歴を確認するとジャンルは脱出ゲーム、サスペンス、ミステリー、ホラーばかりだ。インストール数は総数で百を超えている。そのことに頬を引き攣らせながらも相川は謎の解読を進める。
「さらなる謎、さらなる心理を求めて原初の番人を招こうとしている……招くがインストールを指しているのだとすれば、○○しようとしている、は【これから】の行動を意味する」
『え? えーと、つまり……どういうこと?』
「すでに買ったものではなく、ミステリーやサスペンスが好きなゲーマーが買おうとしているゲーム。言い換えるなら買いたくなるほどのゲームを探せば良いんだ」
『さらなる謎、さらなる心理……うーん、今までのじゃもう満足できないってこと?』
「そう。高難易度のミステリーゲームやサスペンスゲームであり、なおかつ原初の番人に当てはまるものは一つだけだ」
 ゲームで流れる広告やアップストアの新着おすすめに出てきたゲームを相川は読み上げる。
「【封じられた秘宝〜スフィンクス〜】」
 左手で顔を覆ってドヤ顔をしながら声を低くして威風堂々と告げる相川であったが、電話越しなので効果は全く無かった。
『スフィンクスって、あのエジプトのピラミッドの横に建ってる猫みたいなやつ?』
「猫?」
『え? だって、香箱座りしてる猫みたいでかわいいじゃない』
「まあ、同じ猫科だからあながち間違ってはいないけど……」
 それどころかどこかズレたりのの返答に勢いを挫かれたと同時に羞恥が込み上げてきた。
(電話でよかった……その場にいたら変な目で見られていたな……)
 別の意味で顔を覆い隠す相川の耳に己を呼ぶ声が届く。慌てて【封じられた秘宝〜スフィンクス〜】を開き、詳細を見ると、スクリーンショットには四桁の数字が出ていた。
「暗証番号読み上げるね」
『うん!』
「八、二、四、九」
 入力音が四回鳴った後、ピッと電子音が鳴り、ガコンと外れる音がした。
『あ! 開いた! 相川さんありがとう!』
「どういたしまして」
『ふふっ。じゃあ、先に進むね!』
 扉の向こうへと進んでいく足音を聞きながら相川は先ほどの謎について思案する。
(【封じられた秘宝〜スフィンクス〜】をもとに暗号文を作った……。スフィンクスはある程度、ミステリーやサスペンスをやり込んでいるユーザーでないと表示されない。てことは、犯人はかなり優秀な知能犯か……)
 厄介だなと苦虫を咀嚼したように顔を歪める。犯人について分かるのは人命をゲームの駒としか思っていないこと、拉致監禁して一度だけ見知らぬ相手に電話をかけさせて切られたら殺すといったルールを設ける性根の悪さ、優秀な知能犯だろうということ、それだけだ。
 犯罪心理学に詳しい人なら更に分析出来るだろうが、相川の専門外であるため、それ以上の情報は出てこない。
(違うだろ僕。優先順位を違えるな。今やらないといけないことは東崎さんを休ませること、そして東崎さんを廃病院から脱出させることだ。それ以外は後で考えるなり警察に任せるなりすればいい)
 時計の短針は八、長針は十二の直近、秒針は十二へと迫っていた。

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