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コエヲタヨリニ ステージ4

あみそ組さんのゲーム「コエヲタヨリニ 初代」を小説にしました。主人公が完全オリジナル。


 二本目の缶ココアを開けたタイミングでりのからの報告が上がった。
『っと、穴の先は廊下になってて、また右と左に続いてる。廊下を右に進んでみるね』
 電話越しでも伝わる疲労と恐怖を押し殺した足取り。座って休める場所があれば早く休ませたい。それどころか歩くのを一旦止めさせたいと思う相川だが、反響する足音とりのの息遣いのせいで口を挟めない。
 大きく音を立てて缶を机に置いて注意を引こうと、ココアを飲み干そうとした相川の作戦は不発に終わった。
『結構、また長い廊下だな……静かすぎて気味悪い……』
『あっ。エントランスに出たみたい』
「エントランス?」と、飲みかけの缶ココアを机に置いておうむ返しに尋ねる。
『うん。病院のエントランスで、受付があったりとか待つための椅子が並んでたりする。すごく広いけど相変わらずゴミとか落ちてて散らかってる……』
「エントランスか。正面玄関から出られるかもしれない」
『それが、正面玄関には木のバリケードとか鎖とかで厳重に閉じられてて開きそうにないの。正面玄関の反対側には別の扉が見えてるんだけど、床が抜け落ちてて行くことは出来ないね。壁に脚立が立て掛けてあるけど、ワイヤーロックで柱と繋がれてて使えない。なんとか向こうまで行けたらいいんだけど……』
「脚立……高さはどれくらい?」
『えーと、だいたい二メートルくらいかな』
 柱と固定されている状態でおおよそ高さ二メートルということは伸ばせば倍の長さ、四メートルぐらいになる。エントランスと正面玄関の向こう側を隔てる抜け穴の幅は分からないが、向こうに渡れそうな道具が脚立しかないことは確かだ。
「脚立と柱を繋いでいるワイヤーロックはどんなタイプ?」
『自転車のやつと同じで、四桁の暗証番号を入れるタイプなの』
「また暗証番号か……」
 辟易とした息がこぼれ出る。謎を解くことに、ではない。ゲーム感覚でりのを翻弄する犯人に対してだ。文句を言いたいが、言っても何の解決にもならないので手がかりを探してもらう。
「受付の窓口や椅子には何かある?」
『椅子には何もないけど……受付窓口に紙があって、紙には【かんじゃをかいほうしろ】ってひらがなで書かれているよ』
「かんじゃは患っている者の患者だとして、かいほうは……解き放つ意味の解放か世話をする方の介抱か」
『患者がいるのかな? も、もしかして、私の他にも閉じ込められてる人がいたりして』
 慌てた様子のりのが探しに行くのを止めるために相川は宥めるように尋ねた。
「人の姿や影を見た?」
『ううん……一度も見てない』
「だったら、探しに行く必要はないよ」
『ん……』
「東崎さんの目につく範囲でメモや落書きとかは?」
『うーーん、見当たらないよ』
「手がかりは【かんじゃをかいほうしろ】だけか……」
 全てひらがなで両方の意味で解釈できる文章だが、りののいる場所が廃病院なら意味は一つだけだ。
「患者……かいほう……」
 問題は患者は誰を指しているのか。今は潰れている病院である以上、患者はおろか医者も受付員もいない。そんな中でかいほうをしなくてはならない患者はどこにいるのか。患者、人間、どこか患っている人間……。
 火花が散るように相川の脳裏に一つの答えが浮かんだ。
「怖い思いをまたさせるようで悪いけど。手術室にもう一回戻ってほしい」
『ま、また?!』
 声色からイヤそうに顔を歪めているだろうりのに少しばかり胸が痛むが、声に出さないように努めて淡々と根拠を述べた。
「さっき探しに行く必要はないと言ったけど、それを訂正する。患者は確かにいる」
『手術室、患者……まさかあの人形?』
「人形のお腹に傷跡みたいなのがあったから、患者はその人形で間違いないと思う」
『なるほど! じゃあ……手術室に戻るね』
 そう言いつつも歩みがエントランスに着く時より遅いのは場所のせいだろう。自分が黙ったままなのは良くないと思った相川は「大丈夫。君は一人じゃないよ」「怖い時は歩数を数えたらいいよ」などと声をかけ続けた。
 歩数が百を超えたところで『手術室に戻ったよ』と控えめな報告が上がった。
『手術台の上の人形は……やっぱり怖いや』
「人形と目を合わせないようにすればいいと思う」
『だ、だよね。そうする……』と、言いながら移動する足音と身動ぐ音がした。
 患者をかいほうさせる前に相川には一つだけ引っかかっていることがあった。
「そういえば英語が書かれているってあったけど。アルファベットで読み上げてくれる?」
『えっと。t、h、e、c、u、l、p、r、i、t、w、h、o、c、h、a、n、g、e、d、m、eだって。うーん、どういう意味だろ……』
「The culprit who changed me.私を変えた元凶、か。よく分からないな……。今までと違って私情、プライベートに近いものを感じるけど……」
 犯人の姿形や人物像が分からない以上、今ここで考察しても意味がないと脳内タンスの引き出しに入れて閉じた相川は患者の介抱に取り掛かった。
「人形の傷跡っぽい部分にエタノールをかけてみて」
『よーし……痛いの痛いのとんでけぇ!』
 ジャバァと瓶からエタノールが流れる音に相川は思わず口を挟んだ。
「……しみるんじゃないかな」
『これぐらいでいいの!』
 たくさんかけたら治りが早くなるでしょ! と言い張るりのに、相川は額に手を当てて天井を仰ぎ見た。
(小野、新城。この子に人体の仕組みや保健体育を教えてあげて)
 医学やスポーツ科学を専攻している友人達にヘルプミーと応援を頼むが、心の中な上にその場にいないので助けを求めても意味はない。
 直感で生きている感じを心配されていることを知らないりのは『わあ!』と大きな声を上げた。
『人形のお腹に数字が浮かび上がってきた! えっと、四、三、八、一だよ!』
「ワイヤーロックの番号だと思う。受付に戻って打ってみて」
『うん!』
 手術室に戻る時よりもエントランスに着いた時よりも軽やかな足取りで走っていったりのは
『エントランスに戻ったよ!』と元気よく報告し、ワイヤーロックのダイヤルを動かした。
『脚立が外れて動かせるようになった! あ! 伸ばせば向こうまで行けるかも!』
「かなりの重労働になるけど……大丈夫?」
『まだまだ平気! 動けるよ!』
「向こう側に着いたら少し休もうか」
『ん……そうだね。そうしようかな』
 幾分か幼い声色で応えるりのの声を聞いて、相川はより一層、落ち着いて腰をかけて休める場所を確保したいとスマートフォンを持つ手とは逆の手を握りしめた。
『よいっしょぉっ!』と、掛け声とともに引きずる音とガシャンと伸ばす音の後に倒れる音が上がる。
『抜け落ちた穴に、脚立を立てかけてみたよ。進んでみるね』
 ふーっとため息とは違う、活動の前の吐く息。
『慎重、に……慎重、に……』
 ガゴンっ。ガゴンっ。橋のように立てかけた脚立を一段一段上がっていく。抜け穴に落ちないように、向こう側に辿り着けるように、相川は祈るしかない。その無力さに歯噛みしながらも相川は祈りをやめない。たとえ無力でも祈る気持ちが相手に伝わっていれば、祈りを叶えるために動いてくれるのだから。
『よしっ、いけた! 抜け落ちた穴の先に辿り着いたよ!』
 無事を祈る相川の祈りは見事に果たされた。そのことに相川は「よかった……」と密かに胸を撫で下ろした。
 ふと左手の掌が痛むのを感じて手を広げたら掌に爪痕が食い込んでいた。応急処置とはまではいかないが、少々ぬるくなった缶ココアで手を冷やす。揺らすと中身がまだ残っていたので思い切り飲み干す。
 瞬時でも僅かでも相手に芽生えた焦りと苛立ちを表に出さないために。

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