見出し画像

コエヲタヨリニ 序章

*あみそ組さんのゲーム「コエヲタヨリニ 初代」を小説にしました。主人公が完全オリジナル。


 六月中旬。十九時半。この時間まで相川生未あいかわいくみは平穏であった。
『柳瀬教授の行方を警察は追っており』『新宿全域で集団登校などが相次ぎ』『和製レイザーフェイス見たい奴一緒に凸しようぜ』
「…………」
 インターネットに流れている数々のニュースに眉を寄せつつもレポート作成に取り組もうとノートパソコンを立ち上げた相川は今日も明日も変わらない日常だと思っていた。

 トゥルルルルル。トゥルルルルル。

「はい、どちら様ですか?」

 見覚えのない非通知の電話に応じるまでは。

 尋ねた瞬間、電話口から息を呑む音が聞こえた。
 返答は無く、イタズラ電話かと眉を寄せると、電話口から声がした。
『あ……! もしもしお願い! もしもし……? 聞こえてる?』
「えっと、うん、聞こえてるよ」
 思わず返事をした相川は少女と思わしき声から脳内人物検索をかけるが、該当する友人知人にヒットしなかった。
 聞き覚えがないイコール面識がない赤の他人からの電話。八割九割ろくでもないと判断した相川はスマートフォンを耳から離そうとして。

『お願い! 電話を切らないで! 話を聞いて!』

 必死そうに縋る少女の叫びに手を止めた。


『迷惑電話とかイタズラ電話だとか思うだろうけど、違うの!』
 声には雫が混じっている。
『私ね今知らない部屋に監禁されているの! 助けて欲しいの!』
 震えが伝わってくる。
『お願い……電話を切らないで……話を聞いて!』
 相手がどんな顔をしているのか分からないが、呼吸が小刻みになっていく様子から相川は努めて穏やかに呼びかけた。
「落ち着いて。まずはゆっくり息を吸って吐いて」
 すぅはぁ、すっはぁ。か細く呼吸をする音が、少女なりの深呼吸が聞こえる。はあぁぁ……と先ほどより深い息を吐いたところで尋ねた。
「それで何があったの?」
『信じて……くれるの?』
「一応。ただいきなりだから僕も少し飲み込めていないんだ」
『あ……』
「君を責めているわけじゃない。ただゆっくりでいいから話して欲しいんだ。君に何があったのか、どうして僕に電話をかけてきたのかを」
 諭すように言い聞かせるように問いかける相川に、少女は濡れた鼻を二度鳴らしてから先ほどより幾分か落ち着いた様子で口を開いた。
『えっと……私の名前は東崎りの……音羽山高校に通ってる高校二年生なんだけど。学校の指示で途中までみんなと一緒に帰ったんだけど、みんなと別れた後の、帰り道に、いきなり襲われて……気がついたら、知らない、部屋に、監禁されているの……』
 拉致監禁されていると言う少女の状況に相川は先ほどのニュースを思い出して顔を顰めた。新宿区内の半年間の行方不明者、集団登校、通り魔、無差別……。密かに世間を騒がせている事件の渦中に少女は立たされている。
 もしこれが演技なら現在進行形で記録している通話記録を警察に提出しようと考えていた相川の思考を裏切る出来事が次から次へと舞い込んだ。
『私の今いる部屋の机の上には、紙とケータイ電話が、置いてあった。……紙にはね、ルールが書いてあったの』
「ルール?」
 紙を広げる音と息を細長く吐く音のあと、『そのルールを読み上げるね』と硬い声で紡がれた。
『ルールその一、お前はこの建物から脱出しろ。ルールその二、お前の所持品は全て預かったが、そちらが用意した携帯電話一台が与えられる。ルールその三、その携帯電話で使える機能は音声通話だけ』
 ここで少女の声が止まった。紙に書かれた内容がそこまでなのか或いはそこから先が読みたくないほどの内容なのか……。相川は前者であってくれと願った。彼の勘が告げている。電話を切らないでと少女は何度も言い続けている。つまり……。
『ルールその四……電話をかけることが出来るのは、一度、だけ。その、電話が、切れた時、お前を、っ、殺す……』
 嫌な予感というのは当たるもので見事に命中した。
『ルールその五……電話できる相手はお前を知らない個人だけ。親族や知人、警察等の団体に、電話をかけた場合……お前を、殺す』
 呼吸が引き攣り言葉が震えながらも少女は読み続ける。
『ルールその六……電話をかけた相手が、如何なる手段を、もって、第三者に、このことを、知らせた場合……お前を、殺す……』
 少女の告げたルールに、立ち上がりかけた腰を椅子に下ろした。
(くっ……これじゃ、警察に頼ることはおろか杉本たちに頼むことすら出来ない)
 自分から直接でも友人達に間接的に通報させる道を封じられた相川は歯噛みする。
(知らない他人に電話をかけさせて、切られたら殺す。応じた相手が別の誰かにSOSを出しても監禁された人間を殺す……こんなことを考える奴、悪意しかない!)
 どんな思考回路をしているんだと顔を顰めるが、現実は相川を待ってくれない。
『ルールその七……電話をかけた相手はお前の声を聞いて判断し、手助けをする』
 少女の命綱を握っているのはお前だと示唆されて相川はスマートフォンを強く握りしめた。
『これが……紙に書かれたルールっ』
 読み終えた少女は息を詰まらせるが強引に言葉を紡いだ。
『だから、適当な電話番号に電話をかけたの! そしたら貴方に繋がった!』
『お願い! いきなりこんな電話がかかってきたらおかしいと思うだろうけど、本当なのっ! 助けて……っ!』
 堰を切ったように泣きじゃくる少女の頭や背中を撫でるような声色で相川は宥める。
「分かっている。君が危ない目にあっていることが確かなのは分かっている。だから、まずは深呼吸をして」
『し、深呼吸……す、す……』
「吸ってー。すううう」
『すうううう』
「吐いてー。はあああ」
『はああああ』
 相川の誘導に従って数回深呼吸を繰り返した少女は深い息を吐き切って『ありがとう……』と告げた。
『落ち着いてきた。取り乱してごめんね』
「気にしないで」
 首を横に振る。安心させるための仕草は電話だと相手には伝わらないが、せずにはいられなかった。
 電話越しに身動ぐ音と拭う音、湿った音が聞こえる。それらの音が止んだ後の一呼吸で少女が落ち着いたと判断した相川は現状をひとまず解決させるために尋ねようとしたが、先手を打たれた。
『泣いててもじっとしててもダメなんだよね。なんとかしなきゃ……。紙には『ここから脱出しろ』って書いてあった。これってつまり出口は必ずあって、ここから出られるってこと』
『私、諦めない。絶対にここから脱出してみせる!』
 一転して凛とした声で決意を告げた少女の手を相川は掴んだ。
「僕も協力するよ」
『え……』
「七つのルールには電話の相手は脱出の手助けをするって書いてあっただろう。なら、君一人では出られないように仕組まれている可能性が高い。なによりも」

「君一人にこれ以上怖い思いをさせたくない」

 手を掴んだ最大の理由を伝えると、少女は再び泣き出した。先ほどとは違う温かな雫を。
『あ、ありがとう……』
 感謝と共に溢れた雫に相川は決意を固める。
 自分は少女と関わりを持った。助けて欲しいというSOSを受け取った。ならば、例えいびつでも電話だけで繋がった関係だとしても最後まで少女の手助けをしようと。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?