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コエヲタヨリニ ステージ2

*あみそ組さんのゲーム「コエヲタヨリニ 初代」を小説にしました。主人公が完全オリジナル。



『じゃあ、扉を開けてみるね』
「どうぞ」
『廊下っと。廊下が右と左に続いている。とりあえず右へ進んでみるね』
 カツンコツンと足音が響く。五歩ほど聞こえた後、音が控えめになった。進むのを躊躇うほどの恐怖と戦っているのだと推察すると、六月の湿気と同化しそうな息が電話越しに相川の耳をくすぐった。
『うう……暗くてやだな……』
「明かりはついていないの?」
『うん。全くついてないよ……』
 鈍い足音が一つ、二つ、三つと聞こえたが、進む気配がない。立ち止まっているのだろうということしか分からず、どうして立ち止まったのかが分からない。入ってくる情報は全て音と声のみ。相手の表情も仕草も見ることは出来ないのだから。
『あ。なんかここ、病院みたい』
「病院?」
 相川の脳裏で床に着く女性が微笑む。八年前の出来事を思い出しては心臓が音を立てたのは己の弱さだ。
 振り切るように首を横に振る相川の表情や仕草を知らないりのは現状を説明する。
『うん。病室がいっぱい並んでて……でも、人のいる気配とかないし。ゴミとか落ちてて荒れてるんだよね』
(夜の廃病院、か。これは精神的にくるな……)
 古来より人は闇を恐れてきた。文明が進み、夜にも灯りが照らされ、闇が削られてきた現代においても闇や未知に対する恐怖や不安は残っている。その上、人がいない、荒れている、営みの痕跡が風化されている場所ーー死の匂いが常に同居し、否が応でも緊張や不安を煽られる病院ーーを探索させられる。それも誰かに依頼されたわけでもなく強制的に。
 信憑性が増してきたなと先ほど立ち上げたノートパソコンで東京二十三区内の廃病院を調べようとしたが、キーボードに向かう手が止まった。
『これ一人だったら進めないよ。電話でも誰かと一緒でよかった……』
「東崎さん……」
 不安と安堵が入り混じった感謝の言葉に相川は後ろめたさから目を泳がした。名前を呼んだもののそこから先は何も言えずに閉口する相川の様子を知らないりのは足を進めていく。
『この廊下、結構長いなぁ』
 ゴチン。固いものと固いものがぶつかる音の後に「うううっ」と呻き声が上がった。
「東崎さん大丈夫?!」
『うう……なんとか……』と、返事の後にため息が上がった。
『行き止まり……』
「ここから先に進めないってこと?」
『そうじゃないっぽいよ。行き止まりというより目の前に扉があって鍵がかかってるみたい』
「防火扉だね。鍵はどんな風にかかっているの?」
『えっと、今度は暗証番号を入れる機械じゃなくて鍵穴があるよ。鍵を入れて回すタイプみたい。鍵がありそうな場所は……私の右横にある病室かな』
 足音が二つ聞こえた後、移動したのだろう。「えーと」と共に歩き回る音から病室を探索しているのだと推察する。
『病室にはベッドがあって、洗面所があって、テレビ台があるよ。こんな感じかな』
「一つ一つ確認していこう」
『うん!』
「まず洗面台には何がある?」
『水は……出ないみたい』
「次にテレビ台は?」
『テレビ台の引き出しには……何もないや』
「あとはベッドだけか。ベッドの隅から隅まで、それこそ枕やシーツをめくってでも探して欲しい」
『刑事みたい』
「頼んだよ東崎くん」
『はーいデカ長』
 などと、ふざけながら物を持ち上げる音や布を触る音から本当に実行するりのに相川は内心驚きを過ぎて苦笑いを浮かべて報告を待つ。
『うーん、ベッドの上は特に何もないかな。シーツがぐちゃぐちゃってぐらいかな』
「上にないなら、ベッドの下は?」
『あ! 言われたら確かに下はまだ見てない! あー、うーんと、何か見える……よっいしょっと……』
 僅かな沈黙の後にしゃがむ姿勢から起き上がっただろう物音が上がった。
『よし取れた! ん? 鍵? 鍵を見つけたよ!』
「それで扉を開けられるかどうか試してみて」
『分かった! よし! 鍵を差し込んでっと』
 差し込む音と扉の錠前が落ちる音が鈍く響く。
『よし! 開いた! これで先に進めるね! って、あれ?!』
 ガゴッとつっかえた音にりのと同様に相川も顔を上げて眉を寄せた。
『聞いての通り、途中で引っかかって少しの隙間ができただけで先に進めないよ……』
 落胆するりのに反して相川は隙間をどうにかすれば先に進めると捉えて指示を出した。
「扉の隙間から何か見える?」
『んー、銀色? 灰色? っぽいものがチラッと見えるよ』
「扉の隙間に手を入れられる?」
『んしょ……あ! 手を伸ばしたら先端がCの形をした鉄の棒があったよ!』
「先端がCの形をした鉄の棒?」
《検索結果が出ました》
 主人の独り言めいた疑問にMoriはすぐに答えを提示した。
「ありがとう。東崎さん、それはスパナと言って、ネジを閉めたり緩めたりするんだ」
『し、知ってるわよ! それぐらい!』
 プンスコという効果音が似合うほどに怒っている様子を想像して相川は思わず声に出して笑った。笑うなー! と抗議するりのに軽く謝りながら思考を巡らせる。
(隙間……スパナ……ネジ……もしかして)
 先に進める方法が浮かんだ相川は確認のために尋ねた。
「スパナの形にハマりそうな六角形のネジってある?」
『あった! ベッドの骨組みのネジにピッタリハマるよ!』
「よし。スパナでベッドのネジを緩めて」
 キュルッキュルッとネジを緩めているだろう音の後に重いものが外れる音がした。
『鉄パイプを手に入れたけど、これをどうするの?』
「重いけど、その鉄の棒を扉の隙間に挟み込んで動かして」
『なるほど! てこの原理ね! 分かった! よいっしょぉ!』
 病室を出た後に扉の前に移動したであろう足音が止まり、ギィギギッと鉄同士の擦れ合う音が相川の脳裏に扉をこじ開けようとしているりのの姿を浮かばせる。
 扉と地面が擦れ合う音、ガゴンッと重く鈍い音は成功を告げた。
『はあ……はあ……ドアが、開いたよ。先に、進んでみるね』
 肩で息をしながら扉の向こうへと足を進めていくりのの身を電話越しにしか案じることしか、行く手を遮る謎を解くことしか出来ない現状に相川は歯噛みしながらも耳を研ぎ澄ませる。
 自分に今できることを果たすために。

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