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コエヲタヨリニ ステージ3

あみそ組さんのゲーム「コエヲタヨリニ 初代」を小説にしました。主人公が完全オリジナル。

 二十時半。りのを閉じ込めた犯人のいうゲームから一時間が経過した頃、相川は気になっていたことを尋ねた。
「さっきから廊下を歩いているみたいだけど。エレベーターとかは使えないの?」
『うん……。使いたいけど、電気が通ってないのかボタンを押しても反応しないよ』
「監視カメラは?」
『うーーん、ランプみたいなのは光ってないや』
「電気系統が死んでいるのか……」
 肩を落としているだろうりのの返答に相川は疑問を抱く。七つのルールには「電話をかけることができるのは一度だけ。切れた時、お前を殺す」と書いてあった。監視カメラが動いていない施設内で犯人はどうやって電話が切れたのかどうかを知るのか。
(例えば東崎さんが閉じ込められていた小部屋。あそこに監視カメラがあるとすれば電話が切られたのを分かり次第殺しに行ける。でも、小部屋を出た後に電話が切れたら? それを知る方法は別にあるはず……)
 推理してスマートフォンを持つ手が僅かに震えた。
 あるではないか。電気が通っている機械。自分と彼女を繋ぐ携帯電話が。その中に監視カメラみたいなのが仕込まれていたら、被害者越しに相手の動向を知ることが出来る。
 冷や汗が一筋米神を伝う。気持ち悪くて拭うと、訝しげに名前を呼ばれた。
『相川さん?』
「ん? ああ……なんでもない。ちょっとぼーっとしていただけだよ」
『本当に?』
「本当だ」
『……なら、いいけど』
 納得していなさそうな口調で引き下がるりのに、相川は不安や緊張が伝わらないように冷静に穏やかに振る舞うことを心がけた。
「そういえば、東崎さんの通っている学校でも集団登校があるんだね」
『そうなの……。最近、新宿で行方不明者が出てるって物騒な話を聞くから、事件が解決するまでは集団登校だって』
「通学には電車かバスを使っているの?」
『うん。いつも電車で新宿駅に乗って学校に行ってるよ』
 何気なしに答えるりのだが、相川にとっては有り難い情報だ。
「……東崎さんの今いる場所は、新宿区内か新宿の近くにあると思う」
『え?! な、なんでそう思ったの?!』
「東崎さんは帰り道、友達と別れた後に襲われたと言っていた。つまり新宿駅で降りた後になる。何時くらいに駅に降りたの?」
『えっと……十六時十五分くらいだったかな』
「友達と話している時、スマホを見ていた?」
『ううん。見てない』
「一人になった時に見たのかな?」
『あ! 見た! 確か、その時、日が暮れてて、十七時になってるのにちょっと驚いたんだよね』
「つまり十七時台に東崎さんを襲って廃病院に閉じ込めた。その後、十九時半に僕に電話をかけた。てことは、東崎さんが目を覚ましたのは十八時から十九時くらいじゃないかな?」
『あ、当たってる……携帯で見た時、もう夜!? ってビックリしたから……』
「なるほど……。東崎さんの帰り道から最低でも一時間はかかるのは分かった。でも……」
『でも? どうしたの?』
「ダメだ。広すぎて中々特定出来ない。参ったな……」
 手に持っているスマートフォンをスピーカーにして机に置き、空いた両手でパソコンを使えばいいが、相川の住んでいる家はアパートであり、両隣に住民がいる以上、会話の内容が聞こえてしまう。ルールその六に抵触するものとしてりのを殺しにかかるだろう。尽くすべき最善を分かっているのに、ルールが故に電話を手放せず、次善策しか打てない。
 不安にさせてはいけないのに、不安と焦りを出してしまったことを恥じる相川に梅雨の湿気も吹き飛ばす夏の日差しが差し込んだ。
『相川さんありがとう』
『私のところに行こうとしてくれて』
『でも、大丈夫。相川さんが調べなくても私がここの場所をちゃんと教えるよ。ここから抜け出して、ね』
 三つ年下の少女からの励ましは相川を微笑ませた。仮面でも演技でも強がりでもない、素の微笑みを引き出したりのは電話越しに伝わる柔らかな雰囲気に口角を緩ませるが、すぐに強張った。
『うっわ……』
「どうしたの?」
『突き当たりには……手術室だ……』
「……他に行けるところは?」
『ダメ……分かれ道らしいのが見当たらないよ……』
「ああ……」
 思わず同情の息をこぼした。二十歳の男でも忌避感を覚える場所に行かせるのは躊躇ってしまうが、他に行けるところがない以上、手術室を通ってしまうしかない。
『やっぱり入らないとダメ、だよね』
「勇気を出して。電話越しだけど僕もいるから」
『わ、分かったわよ! 頑張る……』
 ガラガラと緩やかに扉を開ける音からりのの恐怖が伝わってくる。中に入ったであろう足音が聞こえたが、そこから先は聞こえない。確認のために立ち止まっているのか怖くて進めないのか。
 どちらにしてもりのは相川に状況を説明した。
『えっと……中は暗くて、よく見えない。手術台と棚がかろうじて見えるけど……とにかく暗くて見えないの』
「手術台はどこにあるか分かる?」
『えっと、真ん中らへん。あ、人形が寝かされている。よく見たら横には手術道具があって、大きな包丁とか鉈とかもあるよ』
「不穏だな……」
 顔を顰めつつも相川は手術台の上の人形というこれ見よがしな手がかりを探るように指示を出した。
「怖いと思うけど。人形を調べてほしい」
『え?! に、人形を!? わ、分かった……』
『うう……お願いだから動かないでよ……動きませんように……』
「大丈夫。動かないよ」
『そんなこと言われても……うう』
 怖くて嫌々ながら人形を見たり触ったりしているりのの姿が電話越しに浮かんで見える。分かりやすい子だなと密かに心配されていることを知らないりのは人形の状態を話す。
『えっと……人形は女の子の姿をしてるんだけど、お腹に傷跡みたいなのがあるの。それで……下腹部のあたりには、英語が書かれてるの。難しくて読めないや……でも、靴だけ履いてるのって変だよね?』
「靴だけ履いた人形……」
 頭の片隅に入れて次の場所について確認をさせる。
「棚には何が入っている?」
『えっと……薬品が入っていて、エザンノル?』
「エザンノル? えーと、アルファベットで読んでくれるかな?」
『E、T、H、A、N、O、Lだよ』
「それ……エタノールって呼ぶんだよ」
『え……あはは。でも、エザンノルの方がカッコよくない?』
「浴びたら正義の味方になれそうだね」
 思わず冗談を言うと『もうー!』と怒られた。幼い子どもを相手にしているような微笑ましさにクスクスと笑えば、さらに怒られた。
 ひとしきり笑った後、情報を整理する。
(探索を躊躇うほどの闇……靴だけ履いた人形……エタノール……ってことは)
 出口に辿り着くまでのピースが一つ足りないが、出口に辿り着ける方法が見つかった。
「東崎さん。人形の靴から靴紐を入手して欲しい」
『え? なんで?』
「出口を見つけるための灯りを作れるかもしれない」
『ええ!? 本当に?』
「ああ。靴紐とエタノールがあるのなら、それを入れるための空き瓶があるはず。空き瓶はある?」
『う、うん、トレイワゴンにあるよ』
「空き瓶に靴紐とエタノールを詰めてみて」
『なるほど! アルコールランプの代わりにするんだね! やってみる!』
 本体から靴紐をほどく音、棚から薬品を出す音、トレイワゴンから瓶を取り出す音、それらを床に置く音が聞こえる。
『うーん。あんまり器用じゃないんだけどなあ』
 しゃがみながら作業をしている姿を想像して理科の授業みたいだなと相川はやらせている自分を棚に上げて密かにツッコミを入れた。
『よしっ! 出来たよ!』
「あとはマッチかライターで火をつければ出口が見つかるはずだ」
『ライター……マッチ……あ! あった!!』
 シュッボウッと短い棒を容器の側薬に擦り付ける音のあとに立ち上がる音がした。
『あたりを見回してってと。あ! 壁に大きな穴がある! そこから先へ進めそうだよ!』
「気をつけて慎重に歩いて」
『分かってるー!!』
 元気よく返事をするりのに気付かれないように相川は椅子の背にもたれて密かに息をこぼし、机の引き出しから缶ココアを出して一口飲む。
 謎解きで疲労した脳を癒すために。
 少女の行く手に潜む罠の解除に備えて。

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