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コエヲタヨリニ ステージ6

あみそ組さんのゲーム「コエヲタヨリニ 初代」の二次小説です。主人公が完全オリジナルです。

 窓の外の空が曇り出した二十一時二十分。
『今売店から更に廊下を進んでいるよ』
 電話口から軽快な足音が聞こえる。
『あ、分かれ道だ。右と左に行けるんだけど、左に進んでみるね』
『んで、更に廊下を進んでる。お、何か見えてきた』
『図書室に着いたよ』
 相川はひっそりと眉を寄せた。監禁場所に図書室のある病院を選んだ犯人の悪趣味に改めて理解しがたいと思ったからだ。犯人がりのに何かしらの恨みを抱いていて監禁をして無茶苦茶なルールを設けて怯えて助けを求めるさまを楽しみたいのならまだ分かる。だが、それにしては謎を解くための手がかりは残してくれるし。通話相手に重要な情報を漏らされるリスクを恐れてのルール設定もされていない。
 犯人が何がしたいのか分からないが、場所について分かっていることはただ一つ。
「相当大きい病院だったんだね」
『そうみたい。病室もかなり多いし。エレベーターの横にある案内板には皮膚科とか内科とか精神科とかたくさん書いてあったから、逆になんで潰れたのか不思議……』
「不景気で潰れたのか事件があったから潰れたのか。どっちにしろ場所の名前が分からない今、議論しても答えは出ないね」
『あ! そうだった! 図書室の状況説明をするね!』
 わざとらしい咳払いの後に天気予報をするリポーターのように通る声で話し出した。
『まず本棚がたくさん並んでる』
「図書室だからね」
『うるさい。で、柱に時計が取り付けられていて、五時四十一分で止まっている。受付には金庫が置いてあるけど、開けるには四桁の暗証番号を入力しないとダメみたい……。あと、金庫の横に万年筆とメモ帳が置いてあるよ。それと図書室の奥の壁に本棚があって、本棚と壁の隙間から少し光が漏れてる。出口らしいところは……見当たらない。本当に結構広くて、この広さをどう表したらいいんだろ……。うーんと、あはは。ごめんね! 以上で状況説明終わり!』
 ざっくりと図書室をイメージする。扉を入ると近くには受付があり、少し足を進めると本棚がたくさん並んでいる。縦にも横にも広くて大きいのだろう部屋の奥の壁と本棚の隙間から光が漏れている。図書室にあるものは万年筆とメモ帳と金庫と本だけ。
(図書室ってことは、本が手がかりってことかな)
 だが、手がかりと思える本は分からない今、怪しいところを探ってもらうしかない。
「受付のメモ帳には何か書かれている?」
『うーん、特に何もないや』
「金庫はどう?」
『縦と横が三十センチぐらいの小さな金庫で、隅っこに時計のマークが書かれてるよ』
「暗証番号は時計の時刻を指しているのかな。〇五四一って入れてみて」
 機械特有の入力音が四度鳴ったが、ビーッと不快な音が上がった。
『あ、あれ? 違うみたい……』
「五時を別の言い方に変えるのか。今度は一七四一って打ってみて」
 先ほどと同じ音が四度鳴った後、ピーッカコンッと錠前が落ちる音がした。
『開いた! えっと、紙がある。なーんだ紙だけか……紙には【少年は老人に言った。この先は修羅の道であると】って書かれてる。なにこれ?』
「どこかで聞いたことあるような……ちょっと待って」
 椅子から立ち上がり、左横にある本棚から何冊か本を出してパラパラとめくっていく。
「これでもない……あれでもない……」
 合致しない本は机の上に積んでいき、三段目から本を引っ張り出していく。本に隠れていた奥に並んでる本の背表紙を見て相川は声を上げた。その中の一冊、紙が黄ばんだりところどころよれていたりと使い古された形跡のある小説は相川にとって思い出深いものであり、世間でもかなり有名な作品だ。
 まさかと思い、小説のページをめくる。
 二百六十四ページをめくって手が止まった。次のページには【少年は老人に言った。「この先は修羅の道である」と。】と記されていた。
「これか!」
『どれ?!』
「『黒の巣』って本の一節だ!」
 八年前の三月十一日から一年後の2012年同月同日に発表された『黒の巣』は闇鍋小説と称されるほどのジャンルの多さと物語の重厚さと込められたメッセージ性から神川賞を受賞した怪物作品だ。小説版セカイ革命、作者の二階堂創はアンノの兄弟と呼ばれるほどに。
 高校卒業まで読んでいた本の感触に懐かしいなと笑みが浮かぶが、今は再会を喜んでいる場合ではない。
(一番怪しいところ。よくある仕掛けだけど、ここまで大掛かりなことをしてきたから有り得てもおかしくないな)
 犯人はゲーム感覚で人を閉じ込めて無茶な条件を出してそれに応じた相手と共に謎解きをさせているのだから。
「東崎さん、光が漏れている奥の本棚に黒の巣がないか探して欲しい」
『分かった!』
 元気に溢れた返事の後、歩き回る音と本の背表紙を撫でる音が電話越しに相川の耳をくすぐる。
『えっと、クロノス……クロノス……どこにもないよ……』
 途方に暮れた様子のりののタイトルを読み上げる発音に違和感を感じた相川は、黒の巣を手に取って口の中で発声する。
「……もしかして黒の巣をカタカナのクロノスって読んでる?」
『う、うん、そうだけど……』
 相川は項垂れた。りのの勘違いに、ではなく、己の不甲斐なさに、だ。
「説明不足でごめん。僕が探してほしいのはカタカナのクロノスじゃなくて黒色の黒にひらがなの【の】に鳥の巣の巣って書かれた黒の巣なんだ」
『りょーかい! 黒の巣……黒の巣……あ!』
 潜むような声のトーンがいきなり上がったことに相川は少し肩を跳ねた。臆病なわけではなく、単純に不意打ちには弱いだけだ。
『黒の巣見つけたよ! 手に取ってみるね』
 木の板と本が僅かに擦れ合う音が立った後、重い引き戸を横に引くような音が上がった。
『ええ!?』
「なにか動いたみたいだね」
『う、うん! 今、黒の巣を本棚から取ったら、本棚が横に動いて、廊下が現れたよ!』
「ミステリーやサスペンスによくあるギミックだね」
『……相川さんって、あまり驚かないよね』
「僕だって驚く時ぐらいあるよ」
『本当に?』
「見たかったら試してみたら」
『むむむ……』
 茶目っ気のある声色でからかうように挑発すると、悔しげな声が上がった。
『ここから出たらぜーったいに驚かせてやる!』
「はいはい」
 長い付き合いの友達か兄妹のようなやり取りを交わす二人を、二時間近く電話で話をしている赤の他人とは誰も思わないだろう。
 檻から出られたら会う約束を交わした二人の晴れやかな気持ちとは裏腹に空の雲は黒に染まり出した。

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