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コエヲタヨリニ ステージ7

あみそ組さんのゲーム「コエヲタヨリニ 初代」の二次小説です。主人公が完全オリジナル。


 深夜に近づきつつある二十一時三十分。六月といえど、この時間帯になると肌寒く感じることもある。
 相川はブルッと震える二の腕をさすりながらりのの身を案じた。
(パーカー持っていこうかな)などと、りのが出られた後のことを考えていると、電話口から実況中継が流れた。
『図書室から先に進んで廊下を歩いてるよ。先には何があるかな?』
 一歩、二歩、三歩……。十三歩でりのの足が止まった。
『あ、正面に扉が見えるよ』
「扉?」
『うん。ここ時間外受付みたい。正面には出入り口があるんだけど、鍵はかかってて出られないや。でも、鍵穴とか暗証番号入力する機械とか見当たらないんだよね』
「ふむ……」
『その横には受付窓口があるよ。あと、受付窓口の反対側には地下へ降りる階段がある。薄気味悪いけど……。正面に扉があるってことは、あともうちょっとで外へ出られるのかな……』
「出られたら建物の名前を教えて。場所が分かったらすぐに行くから」
『ありがとう。頼りになるね』
「どういたしまして。それじゃあ一つずつ確認していこう」
 恒例になりつつある質問と調査が始まった。
「時間外受付には何か書いてある?」
『えっと、時間外受付は十九時以降だって』
「十九時以降か。結構遅くまでやっていたんだね」
『遅い方なの?』
「一般窓口で十九時までやっている病院はそんなに多くないね。大きい病院の一般窓口でも十五時とか十七時で終わるところが多いし」
『そうなんだ……。知らなかった。今度のディベート会のお題にしようかな』
「ディベート会?」
 高校時代はディスカッションがメインであったため、賛成派と反対派に分かれて行うディベートを大学に入るまでやったことがない相川は最近の高校生はここまで進んでいるのかと内心驚きながら鸚鵡返しに尋ねた。
『あ、私のとこの学校は授業で四人でグループを組んでディベートとかよくやるの。お題出す人は週一で変わるんだけど、そのときに出たお題にいろんな意見とか交わしながらまとめ上げてみんなの前で発表とかするの』
(あとで意味教えよう)
 驚きは瞬く間に心配に変わった。
「今のお題は?」
『ホットケーキの歴史とアレンジ料理だって。今日の調理実習で作りすぎて余っちゃったからお父さんとお母さんに渡そうかなって…………』
 心配されていることを知らないりのは明るく答えるが、両親の名を挙げた途端、萎み出した。
『お父さん……お母さん……』と呟くりのは迷子の子どものようで、声も音もないのに両親を求めて泣いているのだと相川は感じた。
「大丈夫。帰れるよ」
『相川さん』
 自分は犬のおまわりさんでも雀でも鴉でもない。ただの人間だ。欠点も嫌なところもある一人の人間だ。
「ここまで来たんだ。絶対に出られるよ」
 それでも寄り添うことや側にいること、手助けをすることは出来るのだ。
 柔らかさの中にある意志の固さを感じ取ったりのは鼓動が速まる胸を押さえながら熱い息をこぼした。
『……お母さんとお父さんに叱られるの、なんかイヤだから、相川さんも一緒に来てね』
「一緒に叱られてあげる」
『なにそれ』
 軽口を叩く相川にりのは笑いながらも密かに胸を撫で下ろす。その奥にある痛みを知らず。
『あ! 窓口にパイプ椅子がある。他には……んー、何もないね』
「柱とか椅子とか壁とかには何か書かれていたり紙が貼っていたりする?」
『んーーと……えーーと……何もない。手がかりらしいものが一つもないよ……』
「……地下室とかは」
『え……』
「よしやめておこう」
 声だけでイヤそうに顔を歪めている様子が容易に想像できる。無理強いはさせたくない相川は地下室を真っ先に除外した。
「でも、これは、かなり難しいな……」
 苦虫でも噛み砕いたような表情で唸る。
 今までは鍵の在処や暗証番号の手がかりを探してそれを元に解読したり見つけたりすれば良かったが、今回はそれすらない。
 鍵も暗証番号もないドアを開けるにはどうしたらいいでしょう? 意地悪問題でもここまで意地悪なものはないだろう。
 犯人の底意地の悪さにため息がこぼれ出るのは許してほしい。
(犯人は相当ミステリー好きだってのは分かるけど)
 図書室の仕掛けや【封じられた秘宝〜スフィンクス〜】を答えにした暗号文を見れば一目瞭然だ。
(脱出ゲームでは別のものと連動していて、そこを解除しないと開かない仕組みとかはよくあるけど……)
 ふと今までやってきたゲームを思い返して、相川は頬を引き攣らせた。
「東崎さん、確認だけど、時間外受付は十九時以降だよね」
『うん。そうだよ』
「……時間外受付を開ける鍵は図書室の時計にあると思う」
『時計? なんで時計なの?』
 はてなマークを乱舞させているだろうりのに相川は己の推理を聞かせた。まず犯人はミステリーやサスペンスに詳しいこと、定番となっているトリックを現実に仕掛けてきたこと、例えでもなんでもなく犯人はゲームとしか思っていないということを。
 聞かされたりのはダンッダンッと地団駄を踏んだ。
『ほんっとうっに、趣味が悪いわね!』
「とにかく。時間外受付の扉が閉まってるのはその窓口が開く時間帯になってないから、その時間にしないと開かない仕掛けになってるんじゃないかな」
『てことは、図書室の時計を十九時にすれば開くってこと!?』
「可能性としては高いと思う。それでも開かなかったら怒るけど」
『確かに』
 足音のあとに何かを出す音、何かと地面が擦れる音、歩く音が聞こえる。パイプ椅子を片手で引きずっているのは、両手で持つと携帯を肩と顔で固定するというしんどい姿勢を維持しないといけないからだろう。楽な姿勢で持ち運びできるように携帯電話を離さないようにとなると、パイプ椅子を引きずって持ち運ぶしかない。
 パイプ椅子の引きずる音にかき消されてカウントしづらかったが、時間外受付に来た時よりも数歩多かった。
『図書室に戻ったよ。パイプ椅子を置いて上に乗って……時計を十九時にセット!』
 時計の針を直接回せるみたいで、針の中央にある歯車が回転する音が何度か上がった後、カチッと遠くで音がした。
「今の音」
『時間外受付の方だね。もしかして……』
 タッタッタッとステップを踏みそうな足取りから期待と喜びを感じ取れる。
『時間外受付まで来たよ!』
『わあ! 出入り口の扉が開いてる! これで外に出れる!』
「よかったね」
『うん! あとは場所を教えて合流するだけだね!』
 開放感に満ち溢れた喜悦の声に相川は安堵の息をこぼし、椅子を引く。
 出口が開いた。迷宮を抜け出した。これで犯人の言うゲームはクリアしたのだ。
 そろそろ会いに行く準備をしよう。

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