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コエヲタヨリニ ステージ1

*あみそ組さんのゲーム「コエヲタヨリニ 初代」を小説にしました。主人公が完全オリジナル。

 泣いて荒くなった呼吸が落ち着いたタイミングで相川は尋ねた。
「大丈夫?」
『うん、平気』
 まだ湿った鼻を鳴らしているが、恐怖と絶望でいっぱいだった時よりも声色は幾分か明るく落ち着いていた。
「そういえば名前、名乗ってなかったね。僕は相川生未」
『いくみ?』
「生きるに未来の未で生未って呼ぶんだ」
『すごい……綺麗な名前ね』
「ありがとう」
 両親がつけてくれた名前を褒められて破顔する相川の声も春の陽光のように少し弾んでいた。だが、今は和んでいる場合ではない。
「それじゃあ早速本題に入ろうか」
『うん! 今から状況説明をするね!』
 柔らかなものから張り詰めた声に変わる。
 一言一句聞き逃さないように相川は耳を澄ませる。
『えーと、あんまり人に説明するのは得意じゃないんだけど。私は今窓のない小さい部屋にいるの。大きさはよく分からないけど……とにかく小さいの。それで、目の前に扉があるんだけど、開かないの。あと、反対側にも扉があるけどこっちも開かない。あとは……机があって、ルールの紙が置かれているの。以上。こんな感じなんだけど……。なにか気になるところとかある?』
 電話越しの情報をもとに相川はイメージする。窓がない小部屋。りのの真正面と真後ろにあるであろう閉ざされた扉。部屋の真ん中にはルールが書かれた紙が置かれた机が配置されている。気になるところは幾つかあるが、その前に確認したいことがあった。
「Mori」
《なんでしょうか?》
 常に己の側にいるスマートフォンのヘルプアシストAI《Mori》に尋ねる。
「通話を記録しているよね」
《当然です》
 呼吸の如く主人の意を汲んで役割を果たしているMoriに「ありがとう」と伝えてから相川はりのに質問した。
「目の前には扉があるんだよね? 扉の特徴は?」
『うんと……あ! 暗証番号を入れる機械があるよ! 四桁の数字を入れる感じみたい』
「暗証番号か……」
 変人奇人と名高い機械やITに強い友人たちがいてくれたらあっという間に解決するだろうが、此処にいない以上、少女に手がかりを探してもらうしかない。
「反対側の扉はどんな状態?」
『こっちの扉は……なんか頑丈そうな造り。鍵穴とかもないし。びくともしないよ』
 コンコンと叩く音だけがしたのは、ドアノブや引き戸の取っ手らしい部分が無かったのだろう。外からしか開けられない扉。中に監禁された人間はそこから出ることは出来ない。りのの真正面の扉からしか出られないと判断した相川は残された場所について尋ねた。
「机の上は?」
『机? ルールのメモ書き以外は……って、あ! 裏になにか書いてある! えっと、第一回オリンピックだって。なにこれ?』
「第一回オリンピックは十九世紀初頭にアテネで行われた大会だよ」
『アテネって、えーと、ギリシャの?』
「そう。ギリシャの都市アテネだ。オリンピックの起源とも言われている」
 オリンピア、オリュンポス、ゼウスに捧げる祭事が始まりであることを省いて端的に解説すれば、りのは『へえ……』と感心した様子で息をこぼした。
『そういえば二千年前からオリンピックみたいなのはやっていたって授業で聞かされたような……その中に確か、パンチラクン? っていうプロレスみたいな競技があったってあの先生長々と話してたわね』
「東崎さん、それパンクラチオンだよ」
『…………』
 沈黙が流れた。相川の部屋の壁にかけてある時計の秒針が十回刻んだ後、りのは叫んだ。
『わ、わざとよ! わざと間違えたんだからね!』
「はいはい」
 苦笑を隠すことなく頷けば『もうっ!』と怒られた。膨れている様子が目に浮かんで相川は吐息に近い笑い声を密かにこぼした。
「暗証番号は四桁だよね?」
『う、うん』
 切り替えて確認する相川は再度尋ねる。
「他になにか落書きとかメモとかある? 柱とか壁とか扉とか東崎さんの目のつく範囲内で」
『無いよ……。これだけ』
 りのの返答に相川は確信した。
「そうか。暗証番号が分かったよ」
『本当に?!』
 喜悦混じりの驚愕に相川は首を縦に振った。
「ああ。今から読み上げるから打って」
「うん、お願い!」
 歩いた後に屈んだような音がする。暗証番号入力装置が搭載された扉の前に来たりのに、相川は答えを教える。
「一」
『一』
「八」
『八』
「九」
『九』
「六」
『六……』
 機械特有の入力音が四回した後にガチャンと認証を受け付ける音がした。
『あ! ロックが外れた! 開いたよ! ねえ? なんで暗証番号が分かったの?』
「第一回オリンピックが開催された年が1896年で、暗証番号が四桁なら、これかなって」
 相川はなんでもないことのように答えたが、りのにとっては一大事だ。
『そんなの私に分かるわけないじゃん……』
 電話越しでも肩を落としているのだと分かり、相川は慌ててフォローを入れようとするがその必要は無かった。
『本当、貴方と電話できてよかった……。助かった。ありがとう』
 扉が開いたことで春の小川のように温かく澄んだ声で感謝を告げるりのに、相川は自然と頬を緩めた。
「どういたしまして。僕も君の力になれて嬉しいよ」
 専門的な知識も技術も特にないただの大学生でも今困っているりのの手助けになれるのだと喜ぶ相川は知らない。
 電話の向こう側でりのが頬を赤くしているのを。

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