上京
こんにちは。
『音楽家として生き続けること』を永遠の課題としている、だいぞう(坂本大蔵)と申します。
今回はバンド脱退後、ソロ初ライブから上京までのことを書きたいと思います。
1.ソロ活動再開
バンドを脱退して、再びソロ作品の制作を開始。
当時は、トラックの運転手をしていたこともあり、運転中に曲の構想を練り帰宅してイメージを音に。
そんな日々を繰り返していました。
宅録機材も更にレベルアップし、前回の失敗も活かしてクオリティーの向上を計り、1曲1曲を丁寧に着実に仕上げて行きました。
今回は、リリース前に楽器店の店長に聴いてもらいました。
『がんばったじゃん!前回と比べ物にならないクオリティーになったね!』
その言葉が何より嬉しかった。
『この音源をどんどん届けて行こう!』
音の最終調整を行い、ジャケットにもこだわりました。
初めてパソコンも導入し、ソフトも色々購入してジャケットも今回は手作り。
店頭で目立つ様にと、ケースはDVDのトールケースにしました。
当時は、DVDがそこまで普及していなかった時代なので、CDコーナーにDVDケースが並ぶだけでも目立ちました。
また、インターネットも繋ぎ、ホームページ制作も独学で学び、通信販売の窓口も設けました。
制作開始から約1年。
9曲入り1,000円のCD『aim』が完成しました。
そして販売開始から約3ヶ月。
手売り、ネット販売、店舗販売で初回制作分の500枚を完売し、確かな手応えを感じていました。
新たに購入した機材紹介
音のクオリティーを更に上げる為に購入した、新たなMTR。
エフェクトも内臓されており、ディスプレイが搭載されたことにより、作業効率も格段に上がりました。
音をCDに直接焼けることもあり、自宅でCD制作が可能となりました。
ギターの音色も色々幅を広げたいと、新たに購入したマルチエフェクター。
ソロ2作目『aim』
2.上京を決意
音源発売後は、今後の身の振り方を考えていた。
ライブはやりたいけど、音源の世界観を表現したい想いから弾き語りは違う。
しかし、動きださなければ何も始まらない!
『そうだ、東京へ行こう』
今思えば、安易な気持ちと『そうだ 京都へ行こう』的なノリに近いものがありましたが(笑)、上京への準備を進めました。
同時期、動き出したタイミングで歯車が回ったかの様に、都内のライブハウスからメッセージが届きました。
「ネット上で曲の試聴、ブログを拝見し連絡させていただきました」
大塚にあるライブハウス、RED-Zoneのオーナーからでした。
(現在は池袋にあります)
「曲も面白いし、ぜひ一度遊びに来てください!」
話を聞けば、ブログもかなり細かく読んでくれていることが分かりました。
「上京したら一度、顔を出させていただきます」
そう返答し、上京準備を進めました。
3.Daizo BAND
上京を決めてからは、苦手だった貯金もはじめました。
とりあえず住居の頭金と、最低限の生活ができる準備をして、あとは現地でなんとかしよう!
着々と準備を進めて行く中、日に日にこんな想いが膨らんで行きました。
『上京する前に地元でライブをやりたい』
1人でバンドサウンドの世界観を表現するには、オケを流すかバックミュージシャンを付けるかのどちらか。
『ライブは...やっぱり生演奏だ!』
上京準備と共に、ソロ初ライブをすることを決めました。
さて、やると決めたら即行動!
まずはメンバー探し。
ドラムは、楽器店で働いていたスタッフさんがドラマーであることを思い出し、声をかけると快く引き受けてくれました。
ギターは、そのドラマーの友人で、PAのプロエンジニアをやりつつ、ギター弾きでもある方を紹介してもらいました。
キーボードは、そのギタリストの奥さんがピアノ講師をしているとのことで、無理やり巻き込みました(笑)
そしてベースは...
なんと『TIARLIS』『Cou:Rage』の活動を共にしたベーシストが「俺にやらせてくれ」と、逆に声をかけてくれたのです。
(昔から熱い人です)
こうして、5人編成の初となる『Daizo BAND』は、ライブに向けて準備を進めて行くことになりました。
ベーシスト以外のメンバーは、全員が一回り歳上で、バンド経験者としても僕より先輩。
年齢差を感じない距離感で接してくれて、距離が縮むのも早く、ライブまで本当に楽しい時間を共に過ごさせていただきました。
4.いざ上京!地元旗揚げライブ!
ライブ会場を押さえ、対バンも2つブッキングしての3MANライブ。
プロモーション活動も行い、タイトルはコンセプト通り『いざ上京!地元旗揚げライブ!』と名付けました。
リハーサルを重ねる度に高鳴る鼓動。
そして、迎えたライブ当日。
動員は120人。
最高のメンバーと気持ちを一つに、想いを届けられたライブでした。
そして、色々な人達に支えられていることを実感したライブでした。
こうして、たくさんの方のエールをいただき、地元での活動に一区切りつけて上京する日がやって来たのです。
当時の資料とDaizo BAND
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