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エッチに至る100の情景_007「不純な気持ち?」

 自分は男だ。倉本 光太郎は実感した。自分だけは違うと何処かで思っていたが、そんなことはなかった。自分も周りと変わりない、平凡な男、俗物なのである。
 「倉本くん、どうしたんですか?」
 囁くような声がした。数か月前に付き合い始めた彼女、世良 ユキの声だ。

 ユキは光太郎の同級生で、同じボランティア部に入っている。成績優秀で、品行方正。誰もが「真面目で大人しいけど、地味な子」と表現するタイプだ。いつも囁くような声で喋るし。
 ただし光太郎は、それだけじゃないことを知っていた。
 ボランティア部の活動は、週に一度しかない。老人ホームを訪ねたり、学校の近くの掃除をする。楽な部活だからと帰宅部では貰えない内申点を求めて、それなりの人数が所属している。その部員たちの多くは真面目にボランティアはやらない。
 ユキは違った。どんな内容でも熱心に取り組む。「誰かに『ありがとう』って笑ってもらえるのが好きなんです」と笑って。ただ笑顔だけを見返りに、人のために頑張れるし、弾けるような笑顔を持っている。光太郎は彼女のそんな熱い部分を好きになった。

 そして交際を始めてから数か月目の今日、光太郎の部屋にユキが来た。二人で勉強をするためだ。自室で一緒に勉強するのは、これが初めてではない。いつも通り、真面目に取り組んでいた。それなのに、何故か三角関数の問題を解いている最中に――
 「倉本くん、どうしたんですか?」
 「え、あ、いや。なんでも、ないです」
 嘘だった。光太郎は勃起していたのである。
 何故このタイミングで勃起したのか? 光太郎にも分からない。自室で2人きりになるのは今日が初めてじゃない。身体的な距離だって、満員電車で一緒に帰ったとき、ピッタリと体がくっついたことがあった。それでも勃起はしなかった。「不純な目線を彼女に向けてはいけない、ユキさんは特別な人なんだから、大事にしないといけない」。そう強く決心して、これまでも体は言うことを聞いていたのに。
 「なんでもないって……本当でしょうか? 倉本くん、何か……ぎこちないというか、普段と様子が違います」
 ミニテーブル越しに向かい合って座っていたユキが、身を乗り出して尋ねる。距離が縮まる。彼女の甘いシャンプーの香りがして、ブラウスから覗く汗ばんだ鎖骨が見えた。
 光太郎は、さらに勃起した。「痛っ!」と声が出そうになるほど。
 「い、いや、本当に何でもないんです」
 自分で自分をバカ野郎と殴りたくなって来た。何で今なんだ? 何で自分の体なのに、言うことを聞かないんだ? ユキさんをそんな目で見るなんて、最低だ。不純すぎる、俗物め。
 「倉本くん。ウソは……つかないでほしいです」
 ユキが言った。光太郎は、はっと顔を上げる。
 「だって、明らかに様子が変です。私は、あなたの恋人なんですから、頼ってください」
  そしてユキは黙った。悲しい顔をして。
 外からは、帰宅する学生らの声が聞こえる。
 光太郎は考える。そうだった。付き合うとき「困ったら、何でも相談しよう」そう約束した。今、自分は本当に困っている。だから……。
 「分かりました。あのっ、軽蔑されるかもしれませんけど……僕は今、キミのことを、その……ふ、不純な気持ちで、見ていると言うか……」
 「それ、どういう意味でしょう?」
 「簡単に言うと、せっ……性的な意味です」
 絞り出すように、光太郎は言った。そして「終わった」と思った。
 しかしユキは顔を真っ赤にして、
 「それ……不純でしょうか?」
 「え?」
 光太郎が聞き返す。するとユキは、
 「同じ気持ちの私も……不純、なんでしょうか?」
 そう光太郎に尋ねた。


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