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コーヒー味のキス/水宮春

 私は喫茶店が苦手だ。こぢんまりとした雰囲気も、誰でも落ち着けるような静かな雰囲気も嫌だ。そもそも、好みのメニューがない。あと、コーヒーが苦手な時点で終わっていると思う。

「やっぱり落ち着くなあ」

「うん、そうだね」

 それでも、好きな人が喫茶店を好きだというのなら合わせるしかないではないか。

 喫茶店のことは苦手なままだけど、彼のことはずっと好きだ。まだカップルではないけど、どこかのタイミングでそういう関係になって、いつまでも一緒にいれたら幸せだ。そのためには、彼の好みに自分を合わせていかなければならない。だから、目の前にあるコーヒーがどんなに嫌でも、彼にバレないよう、おいしそうに飲まなければいけないのだ。

「そういえば、喫茶店嫌いなのにどうして今日は来てくれたの?」

 あまりに突然のことでコーヒーを彼の顔面にぶちまけそうになった。

 いや、気がついてたのかよ。どのタイミングで気がついたのかはわからないけど、わかっていたなら配慮ぐらいしてくれてもいいだろう。やっぱり、コーヒーを顔面にぶちまけてやったほうが良かっただろうか。

 これは意地悪な返事をしてやらないと気が済まない。

「どうしてだと思う?」

 彼は少しだけ考える素振りを見せた。本当は、何も考えていないのかもしれない。しかし、ここで考えるふりだけでもしておかないと、回答によっては私を怒らせるかもしれないと思ったのだろう。全くその通りである。

「俺のことが好きだから?」

「は?」

 まあ、好きですけどね。大正解ですけどね。だけど、思わず出た言葉は怒りの意思表示だった。ここで認めたら、彼に負けた気がしてしまう。そんな感じの条件反射で出た意思表示であった。

 意思表示はできても、ここから先の言葉は出てこなかった。もしかしたら、顔は赤くなっているかもしれない。だって、さっきから顔が熱いし。

「顔、赤くなってるよ。やっぱり、好きなんだね。ちょっと安心した」

 彼の意図が見えない。どう返したらいいかもわからない。もう、コーヒーの味が気にならなくなるぐらいには訳がわからなくなっていた。

 沈黙が続く中で、私はコーヒーを一気に飲み干した。そして、ある疑問を口にする。

「あの、ここまできて、なんで告白してくれないの?」

「え、していいの?」

 前からよくわからない奴だと思ってはいたけど、ここまでとは思わなかった。どうして、彼のことを好きになってしまったんだろう。頭がくらくらしてくるぐらい、彼のことも自分のこともわからなくなってしまった。

「もし、私のことが好きなら告白してよ。私があなたのことを好きなのはもうわかったでしょ? それならもう、ためらうこともないじゃん」

「そうだね。それじゃあ、僕と付き合ってください」

「え、めっちゃ味気ない。期待してた告白じゃない。すごく違う気がする」

「えー、ダメかなあ」

「ダメ、最初っから最後まで何から何までダメ。これじゃあ、カエル化現象が起きても仕方ないね」

「あ、そっか。つまり告白失敗ってことか」

 彼がシュン……とした表情になる。まるでこの世の終わりみたいな残念そうな顔、なんだかその顔がたまらなく愛おしく感じる。だからなのかな。普段なら絶対にしないような真似を今日はしてみたくなってしまった。

「ね、こっち向いて」

「ん?」

 お互いの顔が近づく。相手の息遣いが伝わってくる。体温や鼓動までもが伝わってきそうな感覚に陥る。緊張する。彼も、緊張してくれているといいな。

「嫌なら、そっぽ向いて」

 その言葉を最後に、私たちは唇を合わせた。

 私たちは数秒にも満たないキスをした後、数分間も惚けていた。

 沈黙を破ったのは、やっぱり彼だった。

「はは! なんだこれ、コーヒーの味しかしない!」

「確かに! キスはレモンの味? とか言うけど、実際はコーヒーだったね!」

 私たちは笑い続けた。喫茶店のこぢんまりとした雰囲気も、誰でも落ち着けるような静かな雰囲気も笑顔で塗り替えるように、ただひたすらに笑い続けていた。

 これから先、どんなことがあってもこの日のことを忘れることはないだろう。コーヒーを飲むたびに、今日の出来事を思い出すのだ。コーヒーの味は、苦手だった。でも、この味の意味は私たちで作り上げることができた。

 彼とコーヒーを飲むことが、少しだけ楽しみになった。

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