脳科学入門II
Introduction
今回は脳機能と遺伝に焦点を当ててみます。ワトソンとクリックによってDNAの二重螺旋が発見されてから、早70年(!)。
人間のいろいろな機能、例えば体格や健康、一部の能力などが遺伝子によって制約を受けていることはご存じの通りです。近年の研究によってさらに深い部分、無意識の行動や精神活動にも遺伝子が大きな影響を与えていることがわかってきました。
また異なる環境で育てられた一卵性双生児を追跡して研究することで、いくつかの精神疾患に遺伝が関連していることがわかりました。
別々に育てられた一卵性双生児…、と聞くと、そんな追跡研究ができるほど、別々に育てられる一卵性双生児がいるの?!と現代の常識では思ってしまいますが、研究が始められたのは19世紀末、1880年代。ヨーロッパでも地方では貧困や人身売買が当たり前だった時代のことです。
またまた少し時計の針を戻して、当時の研究者たちの姿を覗いてみましょう。
ダーウィンの一族
『種の起源(リンクはオリジナル版のPDF、ぜひパラパラと眺めてこの偉大な書物のに思いを馳せてみましょう、重いですけど)』であまりにも有名なチャールズ・ダーウィン(Charles Robert Darwin)ですが、生物学に「進化(Evolve、Evolution)」という概念を持ち込んだのは彼の祖父であるエラズマス・ダーウィン(Erasmus Darwin)でした。
Evolveという英語は「進化」という意味で使われる前は、「巻物を広げて延ばす」という意味がありました。E(x)~で外に(In~で内に)の有名な接頭語がついたラテン語の「Volvo(巻く、回す、回転する)」が語源です。この単語は回転するゴムの塊に鉄の籠を載せたアレを売るスウェーデンの大企業の名前にも使われていますね。エラズマスは発生学の研究者で、卵の中に成体になるためのすべての情報が入っているという個体発生に関する用語としてEvolveという単語を提唱しました。
孫のチャールズは当初「一方向に伸びていく」というニュアンスであるEvolveいう単語は、枝分かれを繰り返すとする自身の進化の概念とは相いれないとして、使いどころに相当悩んだそうです。今ではすっかり定着していますけどね。
ダーウィンの一族は高級陶磁器メーカーとして日本でもおなじみウェッジウッド家と長年にわたり懇意で、エラズマスの妻もチャールズの妻もウェッジウッド家の出身です。現代にいたるまでダーウィン家とウェッジウッド家のつながりは続いており、一族からは多くの著名な科学者、芸術家を輩出しています。
エラズマスの父ロバートはジュラ紀の恐竜の化石をほぼ完全な形で最初に発見したとされる博物学者でした。エラズマスの息子はその偉大なる祖父の名を受け継いでロバートと名付けられ医師として活躍します。チャールズの世代は昆虫学者のウィリアム・ダーウィン・フォックス(William Darwin Fox)、そして別々に育てられた双子を調査することで精神病と遺伝の統計学的な研究を行ったフランシス・ゴルトン(Sir Francis Galton)などがいます。余談ですがゴルトンのいとこで鉄道や病院の設計を行っていたダグラス(Douglas Galton)がフローレンス・ナイチンゲール(Florence Nightingale)のいとこと結婚しており、統計についてフランシスとナイチンゲールがやり取りした記録が残っているそうです。
彼らの子孫は現代でも様々な分野で活躍しています。どうやら彼らの家系には限りない探求心、詩の才能などが備わっているようですね。もちろん才能を磨き、発揮できる環境を準備したウェッジウッド家の影響も大きく考えさせられます。
進化(Evolve)という言葉の元
進化、EvolveのもとになったVolvoというラテン語の言葉はさらに古代ギリシャ語のエルオ(ἐλύω , “巻く”),やエイルオ(εἰλύω “紐解く、巻物を広げる”)という単語と共通の語源を持つことが示唆されています。ラテン語と古代ギリシャ語に共通の言葉とくれば、古インドヨーロッパ語族の古代言語の特色を色濃く残すサンスクリット語も覗いてみましょう。
サンスクリット語にはヴァラヤ( वलय、”腕輪、指輪”)という単語やヴァッリ( वल्लि、”つる植物”)という単語があり、どうやらこれらと同じ言葉から派生してできた言葉のようです。さらに遡ると、群衆や風のように回転して蠢くものを指すWelH‐のような発音だと推察されている言葉に行きつくようで、ここまでさかのぼると、輪になって踊るドイツ語のWalz、巻物を束ねて書物にしたラテン語のVolumeなどが浮かんできますね。
書物の意味が生まれると一区切り、分割といった意味も生まれたようで、ラテン語ではほかにも山を区切る谷(Vallay)の語源となるVallis、区画を分ける壁(Wall)の語源となるvallum, パイプの区切り目であるバルブ(Valve)の語源となるvalvaなどなど多くの単語が生まれました。
まさに言語の進化、他にも多くのヨーロッパ言語の似たような単語をつないでいくと見事な樹形図を描くことができ、言葉の変化を一望することができます。
さて、古代ギリシャ語のエルオ(ἐλύω , “巻く”),やエイルオ(εἰλύω “紐解く、巻物を広げる”)という単語から派生してたある英単語も、が生まれることになります。
螺旋を意味するヘリクス(Helix)です。英語でDNA二重らせんのことをDNA Double Helixというのですが、進化(Evolve)と語源を同じにするとは、面白いですね。
脳トレPoint‼
己を知ることは、あらゆることの基礎となります。もちろん脳のトレーニングのためにも初期のうちにやっておくと良いでしょう。
あなたが先祖から受け継いだ遺伝的な特徴を挙げてみましょう。身体的な特徴はもちろん、精神的な特性といったものも挙げてみましょう。食べものの嗜好や運動能力、言語能力、頭の良さ、思考の方向性、病気の有無、同世代との共通点と差異、どれが遺伝の影響を受けていて、どれが環境の影響を受けているのか、可能な限り列挙して分別します。
意味のあるなしにかかわらず、まずはどのような遺伝子が自分の中に眠っているのか、考えてみましょう。もし「○○な特質が遺伝する」ということを知っていれば、それらも確認してみましょう。代表的なものは蒙古斑、足の小指の二重爪、前歯の裏側の空洞、目の色、巻き毛、耳垢の性状などです。ほかにもたくさんありますので、調べてみましょう。
ほかにも大まかな性格の方向性も遺伝しますし、運動能力や感覚も遺伝すると言われています。
遺伝的な特徴があれば、それをどのようにして磨けばよいのか?短所を調書にするにはどうしたらよいか?あなたの仕事や趣味でどのように応用できるのかなどを考えてみましょう。
たいていの能力は後天的に獲得した信念や環境の影響を強く受けています。ういった影響はすべて排除して遺伝的な特質だけに焦点を当て、じっくり吟味してみましょう。あなたの中に眠る素晴らしい可能性がきっと見つかるはずです。そして特定の病気になりやすいかどうかも遺伝します。生活習慣の改善などで早めに対応できるなら、それらにも向き合いましょう。
さて筆者の例を少し話させてください。私の一族の男子は全員が思春期から「金縛り」にあいやすいという遺伝的な特性があります。それこそ毎晩、毎日、学校で居眠りしたり、ちょっと横になってうとうとするだけでも金縛りにあうような日々を過ごしました。相談した親によると、どうやら父も祖父も同じ特性を持っていたようで、筆者は金縛りのあいやすさが遺伝する脳の形質であると確信しました。最初は怖くてたまりませんでしたが、なんせ毎日のように金縛りにあっていましたから、数週間で慣れました。
父も兄弟も恐怖に慣れるこの段階までは到達していたのですが、筆者だけが思春期から青年期にかけてこの特質に向き合い、日々睡眠時に試行錯誤することで、金縛りを極めることになったのです。まず金縛りを足掛かりにして明晰夢に入ることができるようになりました。今では寝るとき普通の夢を見るか、明晰夢を見るか、普通の夢の途中で明晰夢に切り替えるのか自由自在です。ストレス解消に役に立っております。
そして夢の中での空中浮遊、飛行です。私、飛べます。夢の中だけですけど。また現実には存在しない空間を訪れたり現実には存在しない人と会って話すこともできるようになりました。
現実の物理法則や常識を超えて、自分だけの夢の世界を作り上げられるようになったこと、それをきっかけに記憶や学習のメカニズムに自分なりの仮説を持つことができたことが、この金縛りという特性を磨くことで筆者が得た能力です。
皆さんも自分の中に生きている受け継がれた能力を見つけて自覚的に磨いてみましょう。よくわからないものは活用法やルーツに思いを馳せるために、役立ちそうな能力はさらに伸ばして活用できるように、病気などの傾向はあらかじめ対策を考えておくために、です。
そして我々全員が持つ哺乳類、爬虫類、魚類の動物としての能力、さらに消化排泄、呼吸などの多細胞生物が持つ能力、さらにさらに細胞そのものが持つ生命体としての原初の能力を訪ね、どうしたらそれらを磨き活用できるのか考えてみるのを目標とします。
時を超えて自らのルーツにも思いを馳せることができる、人間の脳だけが持つ素晴らしい能力の一つです。
概日リズムと遺伝子
さて、もう一つ遺伝子と脳機能について興味深いトピックをご紹介しましょう。概日はがいじつと読みます。
記憶に新しい2017年のノーベル医学・生理学賞を受賞したのはジェフリー・ホール(Jeffrey Connor Hall)、マイケル・ロスバッシュ(Michael Rosbash)、マイケル・W・ヤング(Michael Warren Young)の三人です。PER(Period)遺伝子と呼ばれる成体のリズムをつかさどる遺伝子をクローニングした功績に対して与えられました。PER遺伝子自体を発見した科学者が別に二人いるのですが、残念ながら2017年時点で両名とも死亡しており、受賞はクローニングした科学者らに与えられることになりました。
彼ら三人はPER遺伝子を発見しただけでなく、それぞれ時間やリズムに関連するほかの遺伝子の発見やクローニングも行っています。ホールはもともとショウジョウバエの求愛歌の”周期”を決めたり、変異すると雌雄の区別なく求愛行動を行うことになる遺伝子の研究を行っていますし、ロスバッシュはPERの転写活性を調整するCycle遺伝子とPERの裏側で働いて24時間のリズムを調節するClock遺伝子を特定しています。ヤングはPERと協調して働くTimeless遺伝子とPERの分解に作用するDoubletime遺伝子と呼ばれる時間に関連する遺伝子を突き止めています。
近年の研究によると人間の場合は気分の波に合わせて時間に関連する遺伝子の発現量が変わることが分かっており、いわゆる「楽しい時間が早く過ぎる」現象にはいずれ遺伝子の方面からも説明がつくのかもしれませんね。
さて、この概日リズムは関連する遺伝子に特に変異がない限り地球の自転と同じだいたい24時間(アメリカ人で約24時間11分)ということがわかっています。関連する遺伝子にちょっとずつ変異があるとこれが数時間単位で長くなったり短くなったりするそうで、個人によってかなりばらつきがあるそうです。これを24時間にリセットするシステムがヒトには備わっていますが、その機能が弱いと同調圧力の中で生きていくのはストレスかもしれません。
また寿命に関連する遺伝子の研究も進んでおり、様々な興味深い知見が得られています。数々の遺伝子の発見にまつわるエピソードには日本人が登場したりしてなかなか面白い分野です。
さらに時間に関する遺伝子と言えば、生物の突然変異や進化などに影響するたんぱく質を調整する遺伝子、変異を修復する機能に関連する遺伝子なども考察に値しそうです。放射線に強い生物も見つかっていることですし、地球環境の今後によってはこれらの遺伝子は種の寿命みたいなものにも影響してくることでしょう。
いずれヒトは遺伝子をデザインし、絶滅した生物を復活させたり、全く未知の生物を生み出したりすることになります。ヒトは自らやペット、家畜の病気遺伝子を取り除き、まぁ、間違いなく肉体的にも精神的にも頑強でより優れた存在になっていくことでしょう。ヒトや動物がさらに進化した姿、ぜひ見てみたいものですが、遠い未来の話…とも言えそうにないないのが、興味深いところですね。
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