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気分と原因

気分がよくないときの解決方法には、気分そのものと原因があり、個人が選択できる。むしゃくしゃしてやったと犯人が供述するとき、原因は家族とうまくいかないなどだったとしても、その解決ではなく、気分を晴らす方向に解決を求めたことになる。このように人は原因以外で鬱憤を晴らすことがある。

原因解決以外を対象として鬱憤を晴らすメリットは、比較的容易に短期的に気分が晴れることだ。人間は苛立った原因とは違うものに怒りをぶつけてもそれなりに気分が晴れることはよく知られている。気分を害された原因そのものを自分で解決できる方法や力がないときに、このような手段は選ばれやすい。

デメリットは原因は解決されていないので、また結局同じ気分になることだろう。もし原因が自分にはどうしようもないもので一定期間でやり過ごせるのであれば、違うもので気分を晴らすのは合理的だ。一方、問題が自分で解決しない限りなくならない類なら気分を晴らすのにも限界がある。

しかし、問題解決はかなりの忍耐強さが求められる。一方気分を晴らす行為(代替行為)は、すぐ手に入ることが多い。だから無自覚でいると、自分を不快にさせている原因を解決することなくひたすらに気分を晴らすことに時間を費やすようになる。この行為が長期に渡ると影響はとても大きい。だから解決すべき原因はやはりきちんと向き合った方が長い目で見ると幸福度が高い。

人がそのような気分になった背景には複雑な要因がある。長年の蓄積かもしれないし、短期的なものかも、また外部要因なのかも、本人だけの心的特性かもしれない。だから、問題解決といってもそんなに簡単ではない。ただ、このような気分になっているのはなぜなのかという問うことで原因に目がいく。

問題には解決すべきものとやり過ごした方がいいものがある。嫌な気分にさせられる人を変えるために努力することは投資対効果が低いし失敗に終わる可能性が高い。やり過ごした方が合理的だ。一方それが避けられない人であれば、本人か周辺に働きかけるか、そこを去るかの行動が必要だ。

幸福でいるコツは自分の機嫌をよくすることで、機嫌をよくするコツは気分のパターンを知ることだ。機嫌がいい人は、機嫌が良く生まれてきたわけではなく機嫌が良くなるように努力している。しかし、自分の機嫌をよくすることができると知らない人は、先天性であるかのように不機嫌な自分を諦めている。

気分を扱う側になるのか、気分に扱われる側になるのかで、人生は大きく変わる。そして扱う側になることは可能だと思う。

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