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多田選手のスタートダッシュを不思議に思う方へ

昨日の100メートルで多田選手の走りを見て感動された方も多いのではないかと思います。 その中で多田選手のスタートダッシュのフォームは普通とは違うと感じられた方もいらっしゃるのではないでしょうか。 多田選手のスタートは強い前屈をかけているように見えます。まるで腰から上を折り曲げてほとんどお辞儀をしているような走り方です。教科書ではスタートダッシュでは体を45度程度に傾けて足から頭までまっすぐにと書かれていますから随分違います。

私からは多田選手は前屈というよりも、腰椎を斜め後ろに引き上げているように見えます。つまりおへそのあたりを奥に引っ込めているような動作なのですが、それが彼の走りに効いているように思います。ロードレーサーがとるポジションによく似ています。

スプリントは循環運動です。地面を踏むことで私たちは体を前方に運んでいますので強く地面を踏めばいいわけですが、循環運動なので問題は次の一歩の準備ができなければ次の一歩が踏めなくなってしまうということです。右足で地面を踏む時には、左足がきちんと前にあり地面を踏む準備を始めていなければなりません。運動会のお父さんが転ぶのは、走っていくうちに足を後ろから前に運ぶことができなくなり(足がついてこない、または絡まる感覚)踏む準備ができなくなっていくからです。

これが何を意味してるかと言うと地面を踏むことと同じぐらい、いや日本代表レベルではそれ以上に自分の足を後ろから前方に引き出してくることが重要になるということです。極端な言い方をすれば、地面を踏めなくてというよりも足を前に持ってくるタイミングが間に合わなくて失速します。最高速度付近のスプリンターの足の動きを実感したければ、自転車で坂道を下っている時に足をペダルから外して地面を踏んでみるとよくわかります。踏むというより地面に弾き飛ばされる感覚を覚えると思います。この弾き飛ばされないで踏めている間は選手は加速することができそれができなくなると速度は止まります。

では足はどのような筋肉によって後ろから前方に引き出されているのでしょうか。ここに貢献してると言われているのが腸腰筋群(大腰筋)となります。歴史的には日本では高野進選手をMRIで輪切りにし測定したところ所腸腰筋群が太かったということがありました。ジャマイカのスプリンターも腸腰筋が太いと言われています。腸腰筋群は、わかりやすくいうと足を後ろから前に引き出してくる役割です。立った状態で太ももを上げる動作をしている時に、役立っているのが腸腰筋群です。

その中でも主に機能する大腰筋の付着部位が腰椎になります。反対側の付着部は大腿骨の小転子(大腿骨の内側で骨盤に近いところ)あたりになります。この筋肉が縮むと足が上に上がってきます。この腰椎がきちんと固定されている間は腸腰筋群(大腰筋)はゴムのように反応します。ところがこの腰椎が引っ張る力に負けて前方に落ちてきてしまうと腸腰筋群をうまく効かせられません。運動会のお父さんが走っているときに反り腰になり足が流れて転びそうになるのは、この腰椎の固定がうまく行かず腸腰筋もうまく効かせられず、足に振り回されてしまうためです。

スプリントの際にはこの腸腰筋群がゴムのように伸び縮みしなければなりません。私は多田選手のあのフォームは腰椎をロックすることで腸腰筋群を効かせ足を素早く前方に引き出してくることで、常に足を自分の体の前でコントロールし加速に生かしているのではないかと考えています。まさにロードレーサーが少しおへそを情報に引っ込めることで足を上げるスペースを確保しながら、腸腰筋を効かせているのと同じ理屈です。腰椎を固定することができるのは背筋の下部あたりですが、選手の感覚としては腹圧をかけられるかどうかになってくると思います。

ではなぜ他の選手はあの姿勢を取らないのかということになりますが、これが面白いところで、骨格や人生での身体体験から理想のフォームは導かれます。特にこのレベルになると個人差が大きく、正解などありません。それぞれの選手が自分の特性を生かすフォームを自分なりに探っていきます。結果として個性的なフォームがそれぞれ出来上がっているわけです。いずれにしても100mをこんなに面白くしてくれて観客としてありがたいばかりです。東京五輪で活躍してくれるのを期待しています。

参考資料
最高速度について

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