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2020年・無知への旅 福島第一原子力発電所を視察①

2020年は私に何の断りもなくコロナ禍がおっぱじまり、航空券を手配していた中国内陸部・西安への旅は当然ながらキャンセル、6月に母と行こうとしていた極東ロシア・ウラジオストクへの親孝行旅行も吹っ飛びマゴマゴと労働の日々を繰り返すうちに
引退の気配を見せない老人政治家が放つ生臭い風のように去って行った。
インスタを見返すとそれなりに出かけてはいるが、他人の記憶を移植されたような離人感が強い。
ディストピアだよなあ。

11月初旬、幸運にも
SNSで告知を見たのがきっかけとなり
ヴィヴィアン佐藤さんとご一緒に
福島第一原発及びその周辺地域を視察させていただく機会を得た。
こちらを書いている2021年1月現在、全国的な寒波の到来により電力がひっ迫しており
停止している原発を再稼働させようという向きもあるようだ。
あちらを立てればこちらが立たない。
石油・石炭を燃やすか、ウランを燃やすか・・
楽しくはない2択だ。

早番の仕事を16時に終えてからそのまま東京駅へ向かい、高速バスに乗りいわき駅へ。
誰も歩いていない駅前のロータリーでは
唯一新興宗教の人たちが第三次世界大戦は近いと叫びながら布教チラシを配っていた。
時刻はまだ夜の8時を過ぎたばかり。
これが地方都市なのか・・
私は東京で育ち家族もみんな東京にいるため、
日本のほとんどを占める地方というものが
全く無責任に蜃気楼のように思える。
ということは私は日本社会について何も知らないに等しい。
ホテルへチェックインし荷物を置いた後、
空腹を覚えたため周辺を徘徊してみるも
女ひとりで軽く晩ご飯を食べれそうな飲食店が見つからない。こういう時、海外なら思い切って入れるがかえって国内のほうが萎縮してしまう・・
ホテルのななめ前のコンビニで買ったおにぎりと豚汁を部屋でボソボソと食べた。コンビニの前ではやんちゃな若いお兄ちゃんたちが何か力をもてあました感じでたむろしていた。

繁華街は暗く、キャバクラも営業していなかった。

翌朝チェックアウトすると、中学生がワイワイとじゃれ合っていてホッとする。

いわき駅前でヴィヴィアン佐藤さん、他の参加者の方たちと合流し、貸し切りのバスに乗る。
元東電勤務の方があの事故の起きる前、起きた瞬間のこと、その後のこと、そして現在の状況をご自身の経験と思いを交えてわかりやすく説明してくださる。
バスはいわき市を離れ、福島第一原発へ近づいていく。津波で被害を受けた地域を走っていく。

公共工事が進められている。

東京電力廃炉資料館で東京電力の方から視察前の説明を受ける。
驚愕したのはまず"謝罪"から入った事だった。
2011年、東日本大震災の津波により事故を起こし、日本社会、また世界へ迷惑をかけたことへの謝罪。
私がもう少し若ければ、それを白々しく感じただろう。でも私もそれなりに仕事と生活の重みを知ってしまった。
その男性が守ろうとしている何かの事を思った。
各自の席に用意されていたのは
福島第一原発・視察案内書類と、廃炉作業に伴い排出される汚染水について
入念に言及がなされたPRパンフレットだった。
海洋放出(海へ出す)か大気中へ蒸発(空へ出す)
海か空かという、どちらにしても極端な2択を迫られている。
完全に海と決まったかのような報道がなされているが、少なくとも今現在では確定していないとのこと・・
身分証明書を提出し、廃炉作業の進捗状況、視察のルート等の説明を受けた。
スマホなど荷物は置いた上で再びバスに乗った。しばらく走る。
いよいよ着いた。
入り口のゲート付近には東電協力企業(下請け)のロゴがずらりと並んでいる。
もう少し無機質な公共感があるかと思っていたので少々意外であった。
※続く

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